『歴史の時々変遷』3“丁未の乱” 飛鳥時代に起きた内乱である。丁未の変、丁未の役、物部守屋の変ともいう。

『歴史の時々変遷』3“丁未の乱”飛鳥時代に起きた内乱である。丁未の変、丁未の役、物部守屋の変ともいう。仏教の礼拝を巡って大臣・蘇我馬子と対立した大連・物部守屋が乱を起こして、滅ぼされた。経緯は587年7月、蘇我馬子は遂に群臣と謀り、物部守屋追討軍の派遣を決定した。馬子は厩戸皇子、泊瀬部皇子、竹田皇子などの皇族や諸豪族の軍兵を率いて河内国渋川郡の守屋の館へ進軍した。 大和国から河内国へ入った蘇我陣営の軍は...

『歴史の時々変遷』2“辛亥の変”(継体・欽明の内乱) 辛亥の変(継体・欽明の内乱)は一応仮説上内乱。

『歴史の時々変遷』2“辛亥の変”(継体・欽明の内乱)辛亥の変(継体・欽明の内乱)は一応仮説上内乱。当時の歴史の記録っした文献資料において符合しない点が多いが、6世紀前半の継体天皇崩御とその後の皇位継承を巡り発生したと思われている。発生した年が継体天皇の崩御した時とする、辛亥の年(西暦531)時を定めて、辛亥の変と呼ぶ。『日本書紀』によれば継体天皇の崩御の年次が『百済本記』の説を採用し、辛亥の年とする...

『歴史の時々変遷』1“磐井の乱” 磐井の乱、6世紀半に北部九州の大豪族筑紫磐井がヤマト王権

『歴史の時々変遷』1“磐井の乱”磐井の乱、6世紀半に北部九州の大豪族筑紫磐井がヤマト王権の国土統一に抗して起こした乱。当寺国債関係とも不可分のもでもある。8世紀代の措辞を多用し、漢籍による文飾が著しい『日本書紀』の記述は、乱を527年(継体天皇21)528年とするを含めて批判的検証する。また一方の一般的説として527年継体朝時代に朝鮮半島南部に出兵しようと近江毛野率いるヤマト王権軍の進軍を筑紫公磐井...