「温故知新」        川村一彦

歴史は語る。

『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記) 4・「天地開闢の神世七代」 天地開闢の神々「神世七代」(かみのよななよ)とは、

く国立常1

『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記)
4・「天地開闢の神世七代」
天地開闢の神々「神世七代」(かみのよななよ)とは、日本神話で天地開闢のとき生成した七代の神の総称。またはその時代をいう。神代七代とも書き、天神七代ともいう。陽神(男神)と陰神(女神)がある。初めは抽象的だった神々が、次第に男女に別れ異性を感じるようになり、最終的には愛を見つけ出し夫婦となる過程をもって、男女の体や性が整っていくことを表す部分だと言われている。『古事記』では、別天津神の次に現れた十二柱七代の神を神世七代としている。最初の二代は一柱で一代、その後は二柱で一代と数えて七代とする。
●国之常立神(くにのとこたちのかみ)
『古事記』では国之常立神、『日本書紀』では国常立尊(くにのとこたちのみこと)と表記されている。別名、国底立尊(くにのそこたちのみこと)。神名の「クニノトコタチ」は、日本の国土の床(とこ、土台、大地)の出現を表すとする説や、日本国が永久に立ち続けるの意とする説など、諸説ある。
●豊雲野神(とよぐもぬのかみ)
トヨクモノは、日本神話の天地開闢の段に登場する神である。神代七代のうちの一柱。『古事記』では豊雲野神(とよくもののかみ)、『日本書紀』では豊斟渟尊(とよくむぬのみこと)と表記される。「豊かな(=トヨ)雲(=クモ、ノ)」の意であり、雲を神格化した存在とされる。
●宇比邇神(うひぢにのかみ)・須比智邇神(すひぢにのかみ)
ウヒヂニ・スヒヂニは、日本神話に登場する神である。神世七代の第3代の神で、ウヒヂニが男神、スヒヂニが女神である。それまでは独神であったが、この代ではじめて男女一対の神となった。神名の「ウ」は泥(古語で「うき」)、「ス」は沙(砂)の意味で、大地が泥や沙によってやや形を表した様子を表現したものである。
●角杙神(つぬぐいのかみ)・活杙神(いくぐいのかみ)
ツヌグイ・イクグイは、日本神話に登場する神である。神世七代の第4代の神で、ツヌグイが男神、イクグイが女神である。「クイ(クヒ)」は「芽ぐむ」などの「クム」で、「角ぐむ」は角のように芽が出はじめる意、「活ぐむ」は生育しはじめるの意である。泥土が段々固まってきたことにより、生物が発成し育つことができるようになったことを示す神名であ
●意富斗能地神(おおとのじのかみ)・ 大斗乃弁神(おおとのべのかみ)
ツヌグイ・イクグイは、日本神話に登場する神である。神世七代の第4代の神で、ツヌグイが男神、イクグイが女神である。「クイ(クヒ)」は「芽ぐむ」などの「クム」で、「角ぐむ」は角のように芽が出はじめる意、「活ぐむ」は生育しはじめるの意である。泥土が段々固まってきたことにより、生物が発成し育つことができるようになったことを示す神名であ
●淤母陀琉神(おもだるのかみ) ・阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)
オモダル・アヤカシコネは、日本神話に登場する神である。神世七代の第6代の神で、オモダルが男神、アヤカシコネが女神である。オモダルは「完成した(=不足したところのない)」の意、アヤカシコネはそれを「あやにかしこし」と美称したもの。つまり、人体の完備を神格化した神である。中世には、神仏習合により、神世七代の六代目であることから、仏教における、欲界の六欲天の最高位である第六天魔王の垂迹であるとされ、特に修験道で信奉された。明治の神仏分離により、第六天魔王を祀る寺の多くは神社となり、「第六天神社」「胡録神社」「面足神社」などと改称した。
●伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)
イザナギ(伊弉諾/伊邪那岐/伊耶那岐)またはイザナキは、日本神話に登場する男神。『古事記』では伊邪那岐命、『日本書紀』では、伊弉諾神と表記される。イザナミ(伊弉冉、伊邪那美、伊耶那美、伊弉弥)の兄であり夫。イザナミ(伊弉冉、伊邪那美、伊耶那美、伊弉弥)は、日本神話の女神。伊弉諾神(伊邪那岐命、伊耶那岐命・いざなぎ)の妹であり妻。別名 黄泉津大神、道敷大神。
※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記) 2・天地開闢の説話 天地(てんち)開闢(かいびゃく)の説話は驚天動地

て天地開闢④

『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記)
2・天地開闢の説話
天地(てんち)開闢(かいびゃく)の説話は驚天動地(きょうてんどうち)・奇奇怪怪(ききかいかい)な語りから始まる。
音も光も無く深く、暗雲が漂い人も神の気配さえない混沌とした世界が漠然とあるだけの世界であった。
そんな不思議な世界に突如二つに分れ開けて、一光の線が射しこんだ。三神、アメノミナカクシノ神・タカミムスヒノ神・カムムスヒノ神が現れては消え次に、ウマシアシカビヒコノ神・アメノトコタチノ神が現れ、世界創造に取りかかった。
次に五神の神々が現れては消え、消えては現れる現象が続き更に間を置き独り神のクニノトコタチ神、トヨクモノノ神が現れ、続いて夫婦神が五組現れ万物創生の神々が現れた。
最後に現れた夫婦神こそ、この天地創造の神、イザナキ神とイザナミ神であった。

★天地開闢の『古事記』の表し方は現宇宙の創世とよく似ている。
天文学的には空間の広がりも無い時、宇宙にはガス、塵が漂いからビッグバーンが起こる。
宇宙の拡張、爆発である。天文学も宇宙学も未解明の時代に現宇宙界に酷似した描き方から『古事記』が語り始める。
天が二つ割れ別天津神の三神が出現したが、消えては現れ、現れては消えた。
次に出現をした神代七代の神々は二人の独り神に、五組の夫婦神が出現し、最後の夫婦神、イザナキ・イザナミが万物創生の神となった。
それぞれの神々には役割が明記されている。
また天地開闢には荘厳で深遠さと輝きが無ければ、未来に広がり、拡大する地上界、国の成り立ちに現在に続く大義が成り立たない。

☆天地開闢の場面・水面に浮く油のように、混沌としたクラゲのように漂いの中から、二つに割れて一光の線が射しこむ、その中から神々が現れ、現れては消え、消えては現れる。ダイナミックでファンタテック(空想的・幻想的)な場面の表現ではないだろうか。


★天(あまの)御中主(みなかぬし)神(しん)・高(たか)御産(みむ)巣(す)日(ひ)神・神産(かみむ)巣(す)日(ひ)神(かみ)の三神は古事記で造化の三神の一柱、天地開闢の高天原に最初に現れ、天の中心に座して宇宙を主宰したと言う神。
◇宇摩志阿欺訶備比古遅(うましあしかびひこじの)神(かみ)・天之(あめの)常(とこ)立(たち)神(かみ)=記紀で国土が出来上がっていない時に宇宙が混沌としていた時に漂う葦の芽のように生まれた神。
神代七代
◇国之(こくの)常(とこ)立(たちの)神(かみ)・=神代七代に最初に出てくる独神、
◇豊(とよ)雲(くの)野(の)神(かみ)=神代七代に二番目に出てくる独神・
◇宇比地邇(うひじにの)神(かみ)・須比地邇(すひちに)神(かみ)=夫婦神、原初の泥土から神格化された神。
◇角杙(つのくひの)神(かみ)・活杙(いくのくいの)神(かみ)・=夫婦神、成長力を神格化された神。
◇意富斗(おほとのじ)能(の)地神(ちかみ)・大斗之(おほとの)弁(べの)神(かみ)=トは性器を表し、神格化した神。
◇於母陀流(おほだる)神・阿夜訶(あやか)志(し)古泥(こねの)神(かみ)=容姿を称える神、愛を神格化された神。
◇伊耶那(いざ)岐(ぎ)神(かみ)・伊耶那(いざな)美(み)神(かみ)=神世七代が現れた。葦原中津瑞穂の国を創生した神。
※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記) 1・はじめに 『古事記』は現存する日本最古の史書とされ、

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『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記)
1・はじめに
『古事記』は現存する日本最古の史書とされ、二十九年間の舎人・稗田阿礼らの誦習と四カ月の編纂、 全三巻で構成され、和銅五年(712年)に太安万侶(おおのやすまろ)によって編纂(へんさん)された。編算に当たって「帝紀」「旧辞」(参考資料)にされて作られた。『古事記』の趣旨内容は大きく分けて、史的(してき)記述(きじゅつ)と説話(せつわ)記述(きじゅつ)に分類される。中でも説話の部分の情景は想像をかきたてる。気宇(きう)壮大(そうだい)で荘厳(そうごん)で、痛快(つうかい)活劇(かつげき)、報復と応酬(おうしゅう)、喜怒哀楽(きどあいらく)の憎愛、露骨(ろこつ)な性描写(びょうしゃ)・奇想天外(きそうてんがい)な武勇伝説話の展開・天地(てんち)開闢(かいびゃく)・国生み神生み・黄泉の世界・禊(みそぎ)・天の岩戸・大蛇退治・稲葉の素(そ)兎(うさぎ)・根之(ねの)堅(かた)洲(す)国(くに)・国譲り・天降り・熊野から大和・倭(やまと)建(たける)命の英雄(えいゆう)伝説(でんせつ)・兄弟の王権(おうけん)争奪戦(そうだつせん)・父王の怨念の復讐(ふくしゅう)・禁断の愛・聖帝と女性遍歴・忘れられた八十年間待った約束・また歌に詠み込まれた数々の哀愁(あいしゅう)・優雅(ゆうが)な皇宮の暮らしの風景などなど、これらの『古事記』の数々の描かれた説話から、古代の情景が浮かび上がってくる。
時代の趨勢(すうせい)と運命に生き、今日と変わらない生きとし生けるものの柵に生きる、生き様を垣間見(かいまみ)、『古事記』のが描く古代に生きた、人々の光景に憧憬(どうけい)を覚えるものである。
『古事記』を編纂をした太安万侶が、近年、昭和五十四年(1979)太安万侶(おおのやすまろ)の墓が発見され、昨今その墓が「太安万侶の墓」と確定された。その事によって「古事記」と「太安万侶」の編纂と実在性が明らかになって行くのである。その後近世になって下記の国学者らによる『古事記』の研究が盛んになって行き、新たな『古事記』の再評価に繋がって行った。
荷田春満(かだのあずままろ)(1669~1736)伏見大社の神職に生まれ、徳川吉信宗に国学の学校の創設を嘆願した。
賀茂真淵(かものまぶち)(1697~1769)賀茂新宮の禰宜(ねぎ)の家に生まれ、荷田春満に入門し、田安家の和学の御用となった。
本居宣(もといのり)長(なが)(1730~1801)伊勢の商家に生まれ、医者を続けながら「記紀」を研究しながら「古事記」前四十四巻を著した。
平田(ひらた)篤(あつ)胤(たね)(1776~1843)出羽秋田藩士の子。脱藩し宣長に師事し、後に復古神道に貢献し神道の基礎を確立した。

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Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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