>「河内史跡巡り」常楽寺・河内西国観音二十五番札所・昔大和川支流、郡川の里辺にある観音は霊験あらたかで、俗に川辺観音と称し、

「河内史跡巡り」常楽寺・河内西国観音二十五番札所・昔大和川支流、郡川の里辺にある観音は霊験あらたかで、俗に川辺観音と称し、近郷の人々に崇拝されていました。 この十一面観音は御本尊阿弥陀如来の前立として安置されています。 それからずっと時代が下って、南北朝時代より念佛聖の道場となり、江戸時代元禄二年(一六八九)には本堂が再建されました。のち、秀伝和尚の時、融通念佛宗となり今日に至っています。寺内には...

「河内史跡巡り」野中寺・大阪府羽曳野市にある高野山真言宗の仏教寺院。別称は中之太子。山号は青龍山。本尊は薬師如来

。創建は飛鳥時代。伝承では聖徳太子建立48寺院の一つとされ、太子の命を受けた蘇我馬子が開基とされる。また「上之太子」叡福寺、「下之太子」大聖勝軍寺とともに三太子の一つに数えられ、「中之太子」と呼ばれている。境内に残る礎石から、飛鳥時代~奈良時代前半には大規模な伽藍が存在したことは明らかで、渡来系氏族の船氏の氏寺として建てられたという説もある。創建時の堂塔は南北朝時代までに兵火を受けて全て焼失している...

「河内史跡巡り」太龍寺・河内西国観音二十八番札所・石切駅から参道の賑わいを背に、

「河内史跡巡り」太龍寺・河内西国観音二十八番札所・石切駅から参道の賑わいを背に、北へ緩やかな坂道を一キロほど下ると、田畑越しに雄大な大龍寺の屋根が見えてきます。生駒山系の中腹に位置し、黄檗山万福寺末寺としての伽藍配置と様式をよくとどめていることから、仏殿、斎堂、総門、開山堂は東大阪市の文化財に指定されています。季節の花々が美しく、深い緑を背景にした唐様建築、黄檗様式の風格ある建物が印象的。そして禅...

「河内史跡巡り」菩提寺・河内西国観音二十九番札所・バス停、善根寺から徒歩十分。もとの寺号を善根寺といい、善根寺村

「河内史跡巡り」菩提寺・河内西国観音二十九番札所・バス停、善根寺から徒歩十分。もとの寺号を善根寺といい、善根寺村の地名のもととなった菩提寺。聖徳太子が祈願されたということですが、創立年代は不明。今の本堂は享保年間、一七二八年に建て替えられたもので、大龍寺や長栄寺と共に、東大阪市の重要な歴史的建造物です。香木の伽羅から彫られた十一面観音は、本尊脇に祀られています。本体一寸八分という小さな像ですが、そ...

「河内史跡巡り」円通寺・河内西国観音三十一番札所・JR学研都市線、放出駅から南へ七百メートル。圓通寺は森河内北端の、

「河内史跡巡り」円通寺・河内西国観音三十一番札所・JR学研都市線、放出駅から南へ七百メートル。圓通寺は森河内北端の、長瀬川沿いにあり、壽量山と号する融通念佛宗の寺院です。平野大念佛寺の末寺で、天得如来(阿弥陀如来)を本尊としています。本堂の他に地蔵堂・観音堂があり、観音堂に安置されている十一面観世音菩薩像は、聖徳太子の作と伝えられています。また当寺には鎌倉時代の絹本着色阿弥陀三尊来迎図が残されてい...