>京都十六社巡り・新熊野神社・祭神・伊邪那美命(いざなみのみこと)を始め12社の神々・ 京都市東山区今熊野椥ノ森町

京都十六社巡り・新熊野神社・祭神・伊邪那美命(いざなみのみこと)を始め12社の神々・京都市東山区今熊野椥ノ森町42・熊野信仰盛んな平安末期、後白河上皇は紀州国(和歌山県)の熊野の神を勧請、1160年熊野の新宮、新熊野神社を創建した。その際、熊野の土砂材木等で、社域を造成、社殿を造営、那智の浜の青白の小石をまき、熊野をここに再現した。社頭の大樟は当時、熊野より移植、上皇お手植、熊野の神降臨の霊樹と伝え、...

「京都古社寺探訪」永観堂・禅林寺・京都市左京区永観堂町にある浄土宗西山禅林寺派総本山の寺院。一般には通称の永観堂の名で知られる。

「京都古社寺探訪」永観堂・禅林寺・京都市左京区永観堂町にある浄土宗西山禅林寺派総本山の寺院。一般には通称の永観堂の名で知られる。山号を聖衆来迎山、院号を無量寿院と称する。本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は、空海の高弟の真紹僧都である。当寺は紅葉の名所として知られ、古くより「秋はもみじの永観堂」といわれる。また、京都に三箇所あった勧学院(学問研究所)の一つでもあり、古くから学問(論義)が盛んである。...

京都十六社巡り・熊野若王子神社・国常立神、伊佐那岐神、伊佐那美神、天照皇大神、恵比須像・ 京都市左京区若王子町2番地・ 当社は永暦元年(1160)後白河法皇が熊野権現を禅林寺(永観堂)の守護神

京都十六社巡り・熊野若王子神社(にゃくおうじじんじゃ)・国常立神、伊佐那岐神、伊佐那美神、天照皇大神、恵比須像・京都市左京区若王子町2番地・当社は永暦元年(1160)後白河法皇が熊野権現を禅林寺(永観堂)の守護神として勧請せられ祈願所とされた正東山若王子の鎮守であったが、明治初年の神仏分離によって当社のみが今日に残ったのである。夷川通りに鎮座せられていた室町時代作の恵比須を祀っている足利尊氏、義政...

>「奈良古社寺巡り」手向山八幡宮・祭神応神天皇・比売大神・仲哀天皇・神功皇后で宇佐八幡宮と同じである。奈良市は東大寺の大仏殿の道を東の手向山麓

「奈良古社寺巡り」手向山八幡宮・祭神応神天皇・比売大神・仲哀天皇・神功皇后で宇佐八幡宮と同じである。奈良市は東大寺の大仏殿の道を東の手向山麓に位置し、手向山神社ともいう。天平勝宝元年(749)東大寺造立に当たって宇佐八幡宮より東大寺の守護神として勧請された。八幡宮分社では第一号である。当初は平城京の南の梨原宮に鎮座し、後に東大寺大仏殿の南方に鏡池付近に遷座したが、治承4年(1180)の平重衡の南都...

「京都古社寺探訪」南禅寺・京都市左京区南禅寺福地町にある、臨済宗南禅寺派大本山の寺院である。山号は瑞龍山、寺号は詳しくは太平興国南禅禅寺である。

「京都古社寺探訪」南禅寺・京都市左京区南禅寺福地町にある、臨済宗南禅寺派大本山の寺院である。山号は瑞龍山、寺号は詳しくは太平興国南禅禅寺である。本尊は釈迦如来、開基は亀山法皇、開山は無関普門(大明国師)。日本最初の勅願禅寺であり、京都五山および鎌倉五山の上におかれる別格扱いの寺院で、日本の全ての禅寺のなかで最も高い格式をもつ。南禅寺の建立以前、この地には、後嵯峨天皇が文永元年(1264年)に造営した離...