「二十二社巡り」上賀茂神社・山城国一ノ宮・賀茂別雷神社・祭神賀茂(かも)別(わけ)雷(いかづち)大神(おおかみ)

「二十二社巡り」上賀茂神社・山城国一ノ宮・賀茂別雷神社・祭神賀茂(かも)別(わけ)雷(いかづち)大神(おおかみ)京都府京都市北区上賀茂本山339・式内社・山城国一ノ宮・二十二社・旧官幣大社・ユネスコ「世界遺産」登録されている。加茂川上流に位置して京都では最も古神社の一社。御神体の神山は神武天皇の御世に裏山の御蔭山に降臨(こうりん)したと伝えられている。賀茂御祖神社(下賀茂神社)と共に古代氏族を祀る神社である。...

“日本名僧・高僧伝”21・空也(くうや[1])は、平安時代中期の僧。阿弥陀聖(あみだひじり)、市聖(いちのひじり)、市上人と称される。口称念仏の祖、民間における浄土教の先駆者と評価され

“日本名僧・高僧伝”21・空也(くうや[1])は、平安時代中期の僧。阿弥陀聖(あみだひじり)、市聖(いちのひじり)、市上人と称される。口称念仏の祖、民間における浄土教の先駆者と評価される。俗に天台宗空也派[2]と称する一派において祖と仰がれるが、空也自身は複数宗派と関わりを持つ超宗派的立場を保ち、没後も空也の法統を直接伝える宗派は組織されなかった。よって、空也を開山とする寺院は天台宗に限らず、在世中の活動...

『浪速史跡めぐり』四天王寺・亀井堂には「白石玉出の水」が湧いていて、その水で供養した経木(キョウギ)を流すと、極楽往生できるとされます

『浪速史跡めぐり』四天王寺・亀井堂には「白石玉出の水」が湧いていて、その水で供養した経木(キョウギ)を流すと、極楽往生できるとされます。経木は供養のために教文を書き込むもの。ようはお葬式に使うもの。これを洗うことで極楽にいけるようになります。極楽ってのは、阿弥陀如来が管理する「土地」で、ここに生まれ変わると仏陀になれるって場所です。 日本人は誤解しがちですが、極楽は「あの世」ではなく「現世」です。...

『戦国時代の群像』80(全192回)「千利休」(1522~1591)大永2年(1522) - 天正19年2月28日(1591)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての商人、茶人。

『戦国時代の群像』80(全192回)「千利休」(1522~1591)大永2年(1522) - 天正19年2月28日(1591)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての商人、茶人。わび茶(草庵の茶)の完成者として知られ、茶聖とも称せられる。また、今井宗久・津田宗及と共に茶湯の天下三宗匠と称せられ、「利休七哲」に代表される数多くの弟子を抱えた。子孫は茶道の三千家として続いている。天下人・豊臣秀吉の側近という一面もあり、...

『歴史の時々変遷』(全361回)153”月山富田城の戦“ 「月山富田城の戦い」1542年から1543年・1565年から1566年に尼子氏の本拠である出雲国の月山富田城

『歴史の時々変遷』(全361回)153”月山富田城の戦“「月山富田城の戦い」1542年から1543年・1565年から1566年に尼子氏の本拠である出雲国の月山富田城(現:島根県安来市)を巡って発生した合戦である。この合戦は、大内義隆が毛利氏などの諸勢力を引き連れて攻め込んだ第一次月山富田城の戦いと、大内氏滅亡後に毛利元就が行った第二次月山富田城の戦いに分けることができる。なお、第二次の合戦により尼子氏は滅亡したが、その...