『社寺神仏豆知識』40・不動明王 (ふどうみょうおう)、梵名アチャラ・ナータ は、仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王

不動明王7不動妙0『社寺神仏豆知識』40・不動明王 (ふどうみょうおう)、梵名アチャラ・ナータ は、仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王の一尊。大日如の化身とも言われる。また、五大明王の中心となる明王でもある。真言宗をはじめ、天台宗禅宗日蓮宗等の日本仏教の諸派および修験道で幅広く信仰されている。 五大明王の一員である、降三世明王軍荼利明王大威徳明王金剛夜叉明王と祀られる。密教の根本尊である大日如来の化身、あるいはその内証(内心の決意)を表現したものであると見なされている。「お不動さん」の名で親しまれ、大日大聖不動明王(だいにちだいしょうふどうみょうおう)、無動明王、無動尊、不動尊などとも呼ばれる。アジアの仏教圏の中でも特に日本において根強い信仰を得ており、造像例も多い。真言宗では大日如来脇侍として、天台宗では在家の本尊として置かれる事もある。縁日は毎月28日である。不動明王の真言には以下のようなものがある。 一般には、不動真言の名で知られる、小咒(しょうしゅ)、一字咒(いちじしゅ)とも呼ばれる真言が用いられる。不動明王の起源は、ヒンドゥー教の最高神シヴァ神にあるとの説が有力である。梵名のアチャラナータもヒンドゥー教ではシヴァ神の別名とされている。]密教がヒンドゥー教を取り込むために、シヴァ神を不動明王として大日如来の眷属とすることでその神格を吸収する一方で降三世明王がシヴァ神を屈服させたとしたものと思われる。これは他宗教の神を吸収する際によく行われる事である。梵名の「アチャラ」は「動かない」、「ナータ」は「守護者」を意味し、全体としては「揺るぎなき守護者」の意味である。チベット仏教などではこの名よりもチャンダ・マハーローシャナ即ち暴悪忿怒尊の名でより知られる。しかし、こちらは三眼で毛皮を身に纏い髪が逆立っているなど、日本に伝えられた不動明王とは図像的にやや異なるものである。空海(弘法大師)がより密教を伝えた際に、日本に不動明王の図像が持ち込まれたと言われる。「不動」の尊名は、8世紀前半、菩提流志(ぼだいるし)が漢訳した「不空羂索神変真言経」に「不動使者」として現れるのが最初である。「使者」とは、大日如来の使者という意味である。大日如来の脇侍として置かれる事も多い密教では三輪身といって、一つの「ほとけ」が「自性輪身」(じしょうりんじん)、「正法輪身」(しょうぼうりんじん)、「教令輪身」(きょうりょうりんじん)という3つの姿で現れるとする。「自性輪身」(如来)は、宇宙の真理、悟りの境地そのものを体現した姿を指し、「正法輪身」(菩薩)は、宇宙の真理、悟りの境地をそのまま平易に説く姿を指す。これらに対し「教令輪身」は、仏法に従わない者を恐ろしげな姿で脅し教え諭し、仏法に敵対する事を力ずくで止めさせる、外道に進もうとする者はしょっ引いて内道に戻すなど、極めて積極的な介入を行う姿である。不動明王は大日如来の教令輪身とされる。煩悩を抱える最も救い難い衆生をも力ずくで救うために、忿怒の姿をしている。また、密教経典によれば、不動明王とは釈迦が悟りを開いた菩提樹下の坐禅中に煩悩を焼きつくしている姿だとしている。釈迦が成道の修行の末、悟りを開くために「我、悟りを開くまではこの場を立たず」と決心して菩提樹の下に座した時、世界中の魔王が釈迦を挫折させようと押し寄せ、釈迦に問答を挑んだり、千人の少女に誘惑させたりしたところ、釈迦は穏やかな表情のまま降魔の印を静かに結び、魔王群をたちまちに説破し、超力で降伏したと伝えられるが、不動明王はその際の釈迦の内証を表現した姿であるとも伝えられる。唐の不空が訳した密教経典「底哩三昧耶不動尊聖者念誦秘密法」(ちりさんまやふどうそんしょうじゃねんじゅひみつほう)には、大自在天ヒンドゥー教の最高神シヴァ)を不動明王が調伏する説話がある。それによると、大日如来が悟りを開いて仏陀になったとき、ありとあらゆる三界の生き物たちが集会に来たが、自分こそ三千世界の主と考え慢心する大自在天だけは招集に応じなかった。大自在天は「持明者(インドの魔法を使う精霊、ここでは夜叉明王)が使いとして来るだろうが、奴らは不浄なものを嫌うから、不浄なものを幻術で作り出し四方に張り、その中にいれば持明者の明術も役に立つまい」として結界を張り、近寄れないようにした。不動明王が大自在天を呼びに行くと不浄の結界で覆われていたので、不動明王は不浄金剛(烏枢沙摩明王)を召還し、不浄を食らい尽くさせた。そして、ただちに不動明王は大自在天を捕らえて仏陀の元へ連行する。しかし大自在天は「汝らは夜叉に過ぎぬが、私は神々の王なのだ」と言い何回も逃げ続けた。仏陀が「断罪すべし」と命ずると、大自在天とその妃(ウマー)を踏み殺し絶命させたのだった。(これが降三世夜叉明王の姿である)そして、大自在天の処分を尋ねると仏陀は「蘇生させよ」と言うので、法界生真言を唱えて復活させた。大自在天は喜び不思議がり「この夜叉は何者なのでしょうか?」と尋ねると、仏陀は「諸仏の主である」と答えた。大自在天は感激し、万物の全てにおいて尊い諸仏の上に、さらに諸仏の主がいることを知り、また彼が不動明王という「大王」のお陰で将来仏になれる授記をも得たのだった。ここでは、不動明王のことを、夜叉、大王、諸仏の主と呼んでいるのが特徴的である。密教の明王像は多面多臂の怪異な姿のものが多いが、不動明王は一面二臂で降魔の三鈷剣(魔を退散させると同時に人々の煩悩や因縁を断ち切る)と羂索(けんさく/けんじゃく。悪を縛り上げ、また煩悩から抜け出せない人々を縛り吊り上げてでも救い出すための投げ縄のようなもの)を持つのを基本としている(密教の図像集などには多臂の不動明王像も説かれ、後述のように日蓮は四臂の不動明王を感得しているが、立体像として造形されることはまれである)。剣は竜(倶利伽羅竜)が巻き付いている場合もあり、この事から「倶利伽羅剣」と呼ばれている。また、その身体は基本的に醜い青黒い色で表現される像容が多い。これはどぶ泥の色ともいわれ、煩悩の泥の中において衆生を済度せんことを表しているといわれる。しかし底哩経などには、身体の色は青黒か赤黄とあり、頂は七髷か八葉蓮華、衣は赤土色、右牙を上に出し左牙を外側に出す、というのが一般的とされる。人間界と仏界を隔てる天界の火生三昧(かしょうざんまい。人間界の煩悩や欲望が天界に波及しないよう烈火で焼き尽くす世界)と呼ばれる炎の世界に住している。不動明王は多くの明王の中でも中心的な存在であり(五大明王の中でもリーダー格である)、像容は肥満した童子形に作ることが多く(『大日経』の出典による)、怒りによって逆巻く髪は活動に支障のないよう弁髪でまとめ上げ、法具は極力付けず軽装で、法衣は片袖を破って結んでいる。その装束は古代インドの奴隷ないし従者の姿を基にしたものとされ、修行者に付き従いこれを守る存在であることを表している。右手に剣、左手に羂索を握りしめ、背に迦楼羅焔(かるらえん。迦楼羅の形をした炎)を背負い、を許さんとする慈悲極まりた憤怒の相で、岩を組み合わせた瑟瑟座(しつしつざ)か、粗岩(岩座ともいい、仏典では「磐石」。「金剛石」とあるのでダイヤモンドの原石である)の上に座して「一切の人々を救うまではここを動かじ」と決意する姿が一般的である(日本では坐像の他、立像も数多く存在している)。以下に典型的な像の形を示す。※歴史の学ぶ 先人の教訓と智恵。

 

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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