「史跡探訪」養浩館庭園は福井城本丸の北約400メートルの場所に位置している。旧福井藩主松平家の別邸で

ようこく「史跡探訪」養浩館庭園は福井城本丸の北約400メートルの場所に位置している。旧福井藩松平家の別邸で、江戸時代には「お泉水(せんすい)屋敷」と呼ばれていた。成立の経緯ははっきりしないが、明暦二年(1656)で、第四代藩主松平光通の側室が、この屋敷にて子息(権蔵。のちの松平直堅)を産んだ、とされているのが現在のところ最も古く確認されている[1]。現在の規模の建物と回遊式林泉庭園が完成したのは元禄十二年(1699)で、その後拡大と縮小を繰り返した。宝永5年(1708)、第7代藩主松平吉品が御泉水屋敷を改築し、同時に自らの隠居屋敷として敷地を増設した上で新建造物を増築したが、吉品死後に増築部分は縮小されたとされる。戦前まで残っていた建物は、この改築時の屋敷であろうと推測される。「養浩館」の名前は明治になってから、同屋敷を所有していた元藩主の松平春嶽が名付けたものである。

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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