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『歴史の時々変遷』(全361回)66“奥州合戦・前編” 「奥州合戦」前編・文治5年(1189)7月から9月にかけて、鎌倉政権と奥州藤原氏

奥州合戦③『歴史の時変遷』(全361回)66“奥州合戦・前編”

「奥州合戦」前編・文治5年(11897月から9月にかけて、鎌倉政権奥州藤原氏との間で東北地方にて行われた一連の戦いの総称である。この戦役により、源頼朝による武士政権が確立した。また治承4年(1180)に始まる内乱時代(治承・寿永の乱)の最後にあたる戦争でもある。鎌倉側の兵力動員に関わる古文書の多くはこの戦争を奥入、奥入りと呼んでおり、奥州追討、奥州合戦と記した文書もある。鎌倉幕府の史書『吾妻鏡』は奥州征伐とするが、奥州合戦と記す箇所もある。明治以降の歴史学では『吾妻鏡』を踏襲して奥州征伐と呼ばれていた。平氏討滅後の源頼朝にとって、鎌倉政権を安定させるためには、潜在的脅威である奥州藤原氏を打倒する必要があった。文治2年(11864月、頼朝はそれまで藤原氏が直接行っていた京都朝廷への貢馬・献金を、鎌倉経由で行うよう要求し、秀衡もそれに従った。文治4年(11882月、頼朝と対立して逃亡していた源義経が奥州藤原氏の本拠地・平泉に潜伏していることが発覚した。秀衡は前年の10月に死去していたが、義経と子息の泰衡国衡の三人に起請文を書かせ、義経を主君として給仕し三人一味の結束をもって頼朝の攻撃に備えるように遺言したという。頼朝は「亡母のため五重の塔を造営すること」「重厄のため殺生を禁断すること」を理由に年内の軍事行動はしないことを表明し、藤原秀衡の子息に義経追討宣旨を下すよう朝廷に奏上した。頼朝の申請を受けて朝廷は、2月と10月に藤原基成・泰衡に義経追討宣旨を下す。泰衡は遺命に従いこれを拒否し、業を煮やした頼朝は、文治5年(1189)になると泰衡追討宣旨の発給を朝廷に奏上している。これから遡ること数ヶ月前の出来事が『尊卑分脈』の記述されている。それによると、文治4年(1188年)の12月に泰衡が自分の祖母(秀衡の母)を殺害したとも取れる部分がある。真偽は不明だが、親族間の激しい相克があったと考えられている。翌文治5年(1189215日、泰衡は末弟(六弟)の頼衡を殺害している。222日、鎌倉では泰衡が義経の叛逆に同心しているのは疑いないので、鎌倉方から直接これを征伐しようと朝廷に一層強硬な申し入れが行われた。29日に基成・泰衡から「義経の所在が判明したら、急ぎ召し勧めよう」との返書が届くが頼朝は取り合わず、2月、3月、4月と執拗に奥州追討の宣旨を要請している。4月にで泰衡追討の宣旨を出す検討がなされた。

文治5年(1189)閏430日、鎌倉方の圧迫に屈した泰衡は平泉衣川館の義経を襲撃して自害に追い込んだ。後白河法皇はこれで問題は解決したと判断して「彼滅亡の間、国中定めて静謐せしむるか。今においては弓箭をふくろにすべし」と頼朝に伝えた。613日、泰衡は義経の首を酒に浸して鎌倉へ送り恭順の意を示した。しかし、頼朝の目的は背後を脅かし続けていた奥州藤原氏の殲滅にあり、これまで義経を匿ってきた罪は反逆以上のものとして泰衡追討の宣旨を求めるとともに全国に動員令を発した。鎌倉方の強硬姿勢に動揺した奥州では内紛が起こり、26日に泰衡は異母弟(三弟)・忠衡を誅殺している。忠衡は父の遺言を破った泰衡に対して反乱を起こしたため、討たれたと考えられている。なお、理由は不明であるが、四弟・高衡は生き残っている。泰衡は義経の首を差し出す事で平泉の平和を図ったが、頼朝は逆に家人の義経を許可なく討伐したことを理由として、719日に自ら鎌倉を出陣し、大軍を以って奥州追討に向かった。奥州への対応を巡って朝廷と幕府の見解は分かれたが、頼朝は大庭景義の「戦陣では現地の将軍の命令が絶対であり天子の詔は聞かない」「泰衡は家人であり誅罰に勅許は不要である」との進言を受けて、宣旨なしでの出兵を決断した。★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

 

 

 

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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