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『社寺神仏豆知識』30・(仏教十三宗五十六派)曹洞宗(そうとうしゅう)は、中国の禅宗五家(曹洞、臨済、潙仰、雲門、法眼)の1つで

 曹洞宗1曹洞宗2『社寺神仏豆知識』30・(仏教十三宗五十六派)曹洞宗(そうとうしゅう)は、中国禅宗五家(曹洞、臨済潙仰雲門法眼)の1つで、日本においては禅宗(曹洞宗・日本達磨宗臨済宗黄檗宗化宗)の1つである。本山は永平寺福井県)・總持寺横浜市鶴見区)。専ら坐禅に徹する黙照禅であることを特徴とする。中国禅宗の祖である達磨5C後半 - 6C前半)から数えて6代目の南宗禅の祖・曹渓山宝林寺の慧能638 - 713年)の弟子の1人である青原行思? - 740年)から、石頭希遷700 - 790年、石頭宗)、薬山惟儼(745 - 828年))、雲巌曇晟(782 - 841 )と4代下った洞山良价807 - 869年)によって創宗された。中国曹洞宗は、洞山良价と彼の弟子である曹山本寂(840 - 901年)を祖とし、はじめ「洞曹宗」を名乗ったが、語呂合わせの都合で「曹洞宗」となったというのが定説の1つとなっている。また、道元1200 - 1253年)をはじめ日本の禅宗では、洞曹宗の「曹」は曹山本寂ではなく、曹渓慧能(大鑑慧能、638-713年)から採られている、という解釈がなされている。(道元がこのような解釈をした理由は、曹山本寂の系統分派は途絶えていて、道元が学んだのが雲居道膺(?-902年)につながる系統であったためである。)道元らが提唱した系譜は、前述した南方禅の慧能にさかのぼり、その弟子青原行思石頭希遷-薬山惟儼-雲巌曇晟-洞山良价-‥‥とつづく法脈である。曹山本寂の系譜は四代伝承した後に絶伝した一方で、洞山良价の一系譜のみが現在まで伝わっている。洞山良价の禅学思想に基づき、曹洞宗の禅風は「万物皆虚幻、万法本源為佛性」である。洞山良价から5代下った大陽警玄(943 - 1027年)には弟子がいなかったため、師資の面授を経ずに付法相承する「代付」によって投子義青(1032-1083年)へと嗣法がなされることで、北宋末における再興が成された[3]。次代の芙蓉道楷(1043 - 1118年)の弟子の代になると、宋の南遷による南宋の成立に伴い、河北に留まる鹿門自覚(? - ?年)の系統と、江南に下る丹霞子淳(?-1119年)の系統に分かれた。丹霞子淳の門下には、宏智正覚1091 - 1157年)と真歇清了(1088-1151年)がおり、宏智正覚は「黙照禅」を提唱し、「看話禅」を提唱する臨済宗大慧宗杲1089 - 1163年)と対立したことや、多くの弟子を持ち「宏智派」を形成したことで知られ、他方の真歇清了の門下では3代下った天童如浄1163 - 1228年)から道元が日本へと曹洞宗を伝えた。宏智正覚の高弟であった自得慧暉(1097 - 1183年)の系統が、「宏智派」ではその後唯一、初に至るまで、中国曹洞宗の法脈を保ち支えていくことになった。この「宏智派」の宗風は、東明慧日1272 - 1340年)や東陵永璵(12851365年)によって日本にも伝えられ、鎌倉京都五山禅林にも大きな影響を与えた。他方、河北に留まった鹿門自覚の系統は、普照一辨(青州希辨、1081 - 1149?)、大明僧宝(1114 - 1173年)、玉山師体(? - ?年)、雪巌慧満(? - ?年)を経て、代に万松行秀(1167 - 1246年)が登場することで隆盛した。彼の弟子には、雪庭福裕(?-1274年)、耶律楚材1190 - 1244年)、林泉従倫(? - ?年)などがいる。雪庭福裕は代に皇帝クビライ1215 - 1294年)に認められ、「国師」に指名されると共に嵩山少林寺を任され中興の祖となった。現在の中国でも、嵩山少林寺(曹洞正宗)が華北地方の拠点として有名である。以上の主な法嗣をまとめると、以下のようになる。洞山良价 - 雲居道膺 - 同安道丕 - 同安観志 - 梁山縁観 - 大陽警玄 - 投子義青 - 芙蓉道楷・鹿門自覚 - 普照一辨(青州希辨) - 大明僧宝 - 玉山師体 - 雪巌慧満 - 万松行秀 - 雪庭福裕・・・丹霞子淳・宏智正覚(宏智派) - 自得慧暉・・・(東明慧日・東陵永璵)・・・真歇清了 - 天童宗珏 - 雪竇智鑑 - 天童如浄(- 道元)・・・日本における曹洞宗は鎌倉時代に始まる。道元は、臨済宗黄龍派明全に随身した後、共にに渡り、天童山で曹洞宗の天童如浄(長翁如浄)に師事し、1226に帰国した。宗祖・洞山良价から道元までの法嗣は、洞山良价 - 雲居道膺 - 同安道丕 - 同安観志 - 梁山縁観 - 大陽警玄 - 投子義青 - 芙蓉道楷 - 丹霞子淳 - 真歇清了 - 天童宗珏 - 雪竇智鑑 - 天童如浄 - 道元となる。主によまれる経典・『摩訶般若波羅蜜多心経』・『妙法蓮華経観世音菩薩普21世紀初頭である現在、全国の曹洞宗寺院は「宗教法人曹洞宗」により包括されており、その本部事務所を「曹洞宗宗務庁」という。曹洞宗に所属する約15,000ヵ所寺は、永平寺派の「有道会」と總持寺派の「總和会」に所属が二分されている。曹洞宗としての宗派の長を「管長」といい、大本山永平寺および大本山總持寺の貫首(住職)がそれぞれ2年毎交互に就任する(西暦の偶数年の120付けで任期満了となり、翌121付で交代となる。なお、管長が任期中に示寂の場合は、後任の貫主が残任期間まで管長を務める慣例となっている)。閣僚にあたる内局の部長7名も両派でほぼ半数ずつ、宗議会議員(定数72名)も36選挙区ごとに両派から1名ずつ選ばれる。教団運営は管長の元で、宗務と事務が庁議(責任役員会)の決定に基づき執行される。また、内局(宗務執行機関)、宗議会(議決機関)、審事院(監正機関)の三機関が置かれている。「宗教法人曹洞宗」の代表役員は宗務総長といい、宗務執行機関としての法人を代表し、その事務その他の宗務を総理する。系列の教育機関としての最高学府である大学も、永平寺系の駒澤大東北福祉大学、總持寺派の愛知学院大学鶴見大学などに二分されており、学校法人の理事長や学長の選任に際しては実質的にそれぞれの派が指名権を持つ。※歴史に学ぶ 先人の知恵と教訓。

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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