『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記) 46・「秋山之下あきやまのした氷ひょう壮夫おとこと春山之はるやまの霞かすみ壮夫おとこ」

秋山2」『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記)

46・「秋山之下(あきやまのした)(ひょう)壮夫(おとこ)春山之(はるやまの)(かすみ)壮夫(おとこ)

さて、この天之日矛の娘に、伊豆志袁登売(いずしおとめ)(かみ)がおられて、多くの神がこの女神が欲しいと思うけれど、誰も結婚が出来ない。

その時に二人の神がいて、兄の名を秋山之下氷壮夫、弟の名は春山之霞壮夫。そして兄は「自分は伊豆志袁登売に求婚したけれど結婚できなかった。弟に「お前はこの乙女を手に入れることができるか」すると弟は「たやすこと」と言った。

そこで兄が「もしお前がこの乙女を妻に出来たなら、自分はこの上下の衣を脱ぎ、身の丈ほどの(かめ)に酒を醸し、山河の産物をそろえて御馳走する、などと賭けてみょう」と言った。

すると弟は、兄の言った通りに母親に申した。

そこで母は藤の蔓を取って来て一夜のうちに、上下の衣と、(くつ)を織り合わせ、藤蔓で弓矢を作り、息子のその衣装などを着せさせ、弓矢を持たせ、その娘の家に行かせたところ、藤の蔓がことごとく藤の花に変じてしまった。

そこで春山之霞壮夫は藤の花咲く弓矢を乙女の厠に懸けておいた。

すると、伊豆志袁登売は、その花を見て不思議に思い、持ってくる時に、春山之霞壮士はその乙女の後ろに着いては入り、結婚をした。そして一人子を生んだ。

この事を兄に申して「私は伊豆志袁登売を手に入れました」と言った。そこでその兄は、弟が伊豆志袁登売と結婚したのが憎らしく思い、先の賭け物を払おうとしなかった。

そこで弟は母親に泣き訴えた。母君は答えて「私たち神の間の出来事は、よくよく神の世界のしきたりに従うべきです。兄は人間の世俗に染まってしまった。」

そこで出石川の中州の一節竹を取って来て、目の粗い籠を作り、出石川の石を拾い、塩と混ぜて、その竹の葉に包み、呪いの言葉を唱えさせ「この竹は葉が青い様に、この竹が萎えるように、言葉は枯れ萎れよ。またこの潮が満ち干しする様に、満ち潮は干すように、この石が水に沈むように、沈み伏せ」と言った。

この様な呪いをかけ、竈の上に置いた。この為に八年間体は生気を失い、やせ細り、病の床に着き、死ぬほどであった。

それで兄は泣き憂い、母君に許しを乞うた、母親には呪いを解き、無かったことにしてやった。

やっと兄の体は元に戻り、平安が戻った。

秋山之下(あきやまのした)(ひょう)壮夫(おとこ)春山之(はるやまの)(かすみ)壮夫(おとこ)説話・この場面の説話は伊豆志の神に関する伝承として語ったものである。新羅の帰化人である出石氏族が伝承した説話を基に、イズシヲトメ神を廻る妻争いを形式をとり、この説話も兄弟争いに母が弟に手を貸して、呪いをかけ罰まで与えた。またしても弟が勝利する設定になっている。

末子成功説話の形をとっている。(かわや)に関わる説話は三輪神社の伝承されている、オオモノヌシ神の女陰(ほと)を突く行為に丹塗り矢型式を取っている。

こ の兄弟争いには神と人間の世界の違いを解かれているのもこの場面にだけ有るように思える。人間の世界は荒んで約束を反故にすることを述べられている。

ここに二人の神がいて、兄はアキヤマノシタヒヲトコと言い、弟はハルヤマノカスミヲトコと言う。兄が弟に向かって「自分はイヅシヲトメを妻にすることを願ったが結婚できなかった、お前はこの少女を妻に出来るか」すると弟は「たやすく妻にできます。」と言った。

少ししゃくに障った兄は「もしもお前がたやすく少女を娶ることが出来たならば、自分は上衣と袴を脱ぎ、身の丈を計り、それと同じ高さの(かめ)に酒を入れて、山海の産物を用意をして賭け物にしょう。」と言って徴発をした。

言った事の全てを承認に母親に伝えると、即座に藤の蔓を取って来て、一夜の間に、上衣・袴・下沓、沓を織って縫い、弓矢を作り、弟に着せて、品々を持たせて、その少女の所に行かせた。

するとそれらの持ち物全て藤の花と化して、そこでハルヤマノカスミヲトコは、それらを少女の(かわや)かけて置いた。

そこでイズシヲトメは不思議に思い、カシミヲトコソレヲ持って来たのを知ってイズシヲトメは直ぐに契りを結んだ。

その後一人の子を産み兄に「イズシヲトメを自分のものにした」と告げた。

そこで弟が少女と結婚をしたことを知って腹を立て、約束の賭けの品々を渡そうとしなかった。

そこで母親に、そのことを訴えた時に、母親の言うに「この現世ことは、よく神の教えを見習うべきで、兄は現世のの人々のやり方を見習ったのでしょう、約束を果たさないのは」と言って、その兄の子を恨んで、直ぐ出石川の中州に生えている一筋の竹を取って来て、網目の粗い籠をを作り、川の石を取って塩を混ぜ合わせその竹に包み呪詛をさせて言うに「この竹の葉が繁ったり枯れたりせよ、またこの塩の満ち引きに合わせ、生命力を満ちたり干したりせよ、またこの石が沈むように病に伏せ」と言った。

この様に呪詛をさせ呪いの品々を竈の上に置いた。

その為に兄は八年間の長い間、体が不調、病に伏した。

それで兄は嘆き悲しみ、母親に許しを請い、母親はすぐにその呪いの品々を取り除かせた。

兄は、それ以降身体は元通りになったという。

☆この説話も末子成功説になっている。

また厠にまつわる説話にオホモノヌシ神が丹塗矢に化けてセヤダタラヒメの陰部を突いた話、倭建命が厠に居る大碓命を握りつぶす説話などが『古事記』に登場する。

また古代史にも呪詛の話は尽きない。呪詛の方法を詳しく画かれているのも珍しい。

☆この天之(あめの)()(ほこ)の説話、秋山之下(あきやまのした)(ひょう)壮夫(おとこ)春山之(はるやまの)(かすみ)壮夫(おとこ)の説話の二件の説話は史的記述とは別に古代の民話として描かれている部分に意味合いが大きい。

この二件の天之(あめの)()(ほこ)の説話、秋山之下(あきやまのした)(ひょう)壮夫(おとこ)春山之(はるやまの)(かすみ)壮夫(おとこ)の説話の描かれた時代に百済の朝貢が記されている。

「この御世に海部・山部・伊勢部を定めたまひき、また剣池を作りき。また新羅人参渡り来つ。」の記述から見ても官人から一般人の往来が有ったとみられ、新羅・百済の神の理念と信仰の影響が有ったのであろう。

※歴史に学ぶ 先人の知恵と教訓。

 

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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