『鎌倉・室町の群像伝』(全186回)145“畠山義就”畠山義就(?~1490)室町後期の武将。管領畠山持国の子。

畠山義就2 鎌倉・室町の群像伝』(全186回)145“畠山義就”畠山義就(?~1490)室町後期の武将。管領畠山持国の子。山城、河内、紀伊、越中国の守護職を兼ねる。持国にははじめ実子なく、弟持冨の子政長を養子としていたが、後に義就が生まれ、基国が義就に家督を譲ろうとしたことから、畠山氏は2流に分裂した。応仁元年(1467)正月、義就が政長の屋敷を没収しようとしたため、政長は屋敷を焼き、京都の上御霊社に布陣した為に、義就はこれを破り、応仁・文明の乱の戦端が開かれた。義就は終始山名持豊の有力武将として活躍。1485年南山城で政長軍と対陣するが、同国の国人らの要求で両軍は撤退した。その後、河内の陣中で病死した。★歴史を辿れば 栄枯盛衰の攻防に生きた 葛藤の光景が見えてくる。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

最新コメント
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR