『鎌倉・室町の群像伝』(全186回)144“足利義教” 足利義教(1394~1441)室町幕府6代将軍。

よしのり4鎌倉・室町の群像伝』(全186回)144“足利義教”

足利義教(1394~1441)室町幕府6代将軍。永享元年(1429)から12年間在職。父は3代将軍義満、母は醍醐寺坊舎安芸法眼の女藤原慶子。4代将軍義持の弟。はじめ青蓮院に入り得度、法名義円と称し、大僧正、准三后、天台座主となる。兄の将軍義持の継子五代将軍義量が死去したことに伴い、義持も指名することなく死んだために、石清水八幡宮の神前で籤により、義円が第六代将軍が選ばれた。還俗して足利義宣または義教と改名した。当時はは天変地異が相次ぎ、1428年の正長の土一揆や播磨土一揆などで、世情は極めて不安であった。義教は延暦寺および守護大名の弾圧など専制政治を行い、鎌倉公方の足利持氏を自殺させ永享の乱、東国で勢力を広げたていた結城氏朝らを暗殺した。こうした専制政治の不満、反発が強まり1441年赤松満祐の招かれて殺された。

★歴史を辿れば 栄枯盛衰の攻防に生きた 葛藤の光景が見えてくる。

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
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