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『社寺神仏豆知識』2・常世の国(とこよのくに)

 常世2『社寺神仏豆知識』2・常世の国(とこよのくに)は、古代日本で信仰された、の彼方にあるとされる異世界である。一種の理想郷として観想され、永久不変や不老不死若返りなどと結び付けられた、日本神話他界観をあらわす代表的な概念で、古事記日本書紀万葉集風土記などの記述にその顕れがある。こうした「海のはるか彼方の理想郷」は、沖縄における海の彼方の他界「ニライカナイ」にも通じる。日本神話においては、少彦名神御毛沼命田道間守が常世の国に渡ったという記事が存在する。浦島子(浦島太郎)の伝承にも、常世の国が登場する。少彦名神・大国主国造りのくだりでは、少彦名神が大国主とともに国土を成した後に帰った地とされる。『古事記』上巻の記述では、この国を作り固めた後、少彦名神は常世の国に渡ったとあり、日本書紀神代巻の該当箇所では、本文ではなく第八段の一書第六の大国主の記事中に、大国主神が少彦名命と力を合せて国作りの業を終えた後、少彦名命は熊野の岬に行き、そこから常世郷に渡った、またその直後に異伝として「淡嶋(鳥取県米子市)に行き、登ったの茎に弾かれて常世郷に渡ったとある。この茎に弾かれた話は「伯耆国風土記逸文にも出てきており、伯耆国の「粟嶋」という地名の由来譚となっている。御毛沼命・御毛沼命(三毛入野命)は鵜草葺不合命の息子で、神武天皇の兄にあたる。『古事記』の中ではまったく何の事跡もなく、上巻末尾の鵜草葺不合命の子を並べたところに、御毛沼命は波の穂を跳みて常世の国に渡ったとのみある。『日本書紀』では三毛入野命が神武天皇の東征に従軍して軍船を進め熊野に至った折、暴風に遭い、「自分の母と姨はともに海の神であるのに、なぜ波を起こして我々を溺れさせるのか」と嘆き、波の秀を踏んで常世郷に往ったという。田道間守・『古事記』では垂仁天皇が多遲麻毛理に時じくの香の木の実(ときじくのかくのこのみ)を、『日本書紀』の垂仁紀では、垂仁天皇が田道間守を常世国に遣わして、「非時香菓」を求めさせたが、その間に天皇は崩御したという記述がある。「非時」は、時を定めずということから「いつでも香りを放つ木の実」を指すと解され、「今の橘なり」と言われる。は葉が常緑であることから、すぐに散るとは対照的に「永遠性・永続性」の象徴と考えられており、「非時香菓」もまた不老不死霊薬と考えられる。

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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