スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鎌倉・室町の群像伝』(全186回)134“畠山満家” 畠山満家(1372~1433)室町前期の武将。幕府管領。畠山基国の子。

畠山4『鎌倉・室町の群像伝』(全186回)134“畠山満家”

畠山満家(1372~1433)室町前期の武将。幕府管領。畠山基国の子。尾張守・左衛門守。応永の乱の鎮圧に功あったが、足利義満に疎んじられ、父の死後は弟満慶が家督を継いだ。義満没後は、満慶から家督を譲られ河内・紀伊・越中の守護となり、2度に渡り管領を務めた。正長元年(1428)の将軍後継選びにくじを引いて義教を擁立した。その後重臣として満済らと幕政の運営に当たった。義持が引退した後は5代将軍足利義量を補佐したが、義量が早世したため前将軍義持が復帰することになり、再び義持の下で政務にあたった。正長元年、義持が死去した時、後継者を義持の弟4人のうちから籤引きで定めることを決めたのは満家である。この結果、天台座主義円が還俗し、6代将軍足利義教となった。義教の代においても宿老として幕政に重きを成したが、永享5年(1433年)919日、62歳で死去した。法号は真観寺殿真源道端。粛清を行なった将軍として恐れられた義教も、満家存命中はその行動を抑制されていた。満家は義教と鎌倉公方足利持氏の融和に努めることで戦争を回避しようと努力していたが、満家が死去したことで義教を抑制する人物がいなくなってしまったため、以後は義教による粛清が行なわれることとなるのである。

 

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

最新コメント
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。