「神仏霊場巡り」百済寺・山号は釈迦山「古東三山」で最も南にあって、金剛輪寺、西明寺と並んでいる

く百済寺f「神仏霊場巡り」百済寺・山号は釈迦山「古東三山」で最も南にあって、金剛輪寺、西明寺と並んでいる。百済寺は推古天皇御世(606年)聖徳太子の御願で創建され、寺伝に似れば高句麗の僧、恵慈と共にここに訪れた際、山中に不思議な光る物が見え、近寄って見ると霊木の杉であった。根が付いたままに観音像を刻むと像を中心に堂を建立した。御堂は百済の龍雲寺を模したと言い、近江最古の由来を誇る。比叡山の延暦寺が開かれると、百済寺も天台宗の寺院となった。湖東の小比叡山と称され、鎌倉時代には天台別院と呼ばれ、周辺を含め一山寺坊千を数え、千三百人の僧が居たと言われている。その後、六角氏の内紛に巻き込まれ、また織田信長の比叡山焼打ちに一山が灰と化した。その後天海の高弟亮産によって再建された。

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
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