『浪速史跡めぐり』大村益次殉難報国碑・上町筋は難波宮の向い角に大きな「大村益次郎殉難報国碑」

お大村益次郎 『浪速史跡めぐり』大村益次殉難報国碑・上町筋は難波宮の向い角に大きな「大村益次郎殉難報国碑」建っている。山口県出身の大村益次郎は緒方洪庵の適塾に学び、宇和島藩や江戸幕府に用いられたが、やがて長州に呼び戻され、第二次長州征伐に用兵を認められた。後に討幕軍の総司令官となり、兵部大輔に任じられて、徴兵制度など近代日本の陸軍の構想を立て「日本陸軍の祖」と言われている。明治二年に暴徒に襲われ重症を負い、浪華仮病院でオランダ医師ボードウイーンに手当てを受けるが、敗血症で没した。★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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