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『 鎌倉・室町の群像伝』(全186回)122“結城宗広”結城宗広(?~1338)鎌倉末から南北朝時代の武将

結城1『 鎌倉・室町の群像伝』(全186回)122“結城宗広”結城宗広(?~1338)鎌倉末から南北朝時代の武将。下総結城氏の庶子で陸奥国白河荘に分立した結城裕広の嫡子。下総の本家から自立を目指し北条得宗家に接近、鎌倉末期に陸奥国津軽河辺・桜葉郷地頭代職を獲得するなど南奥の実力者に成長。正慶2年(1333)後醍醐天皇に応じて挙兵、新田義貞に属して鎌倉を攻略して天皇の信頼を得た。翌年奥州式評定衆に列し、1336年には北畠顕家に従って西上、足利尊氏を九州に追い、1337年再度尊氏を追討に出陣するが敗走。吉野で南朝勢力の再建を図り、北畠親房らと伊勢大湊から奥羽へ出航するが、暴風雨で伊勢に吹き戻されてしまい客死した。家督は前年の嫡孫結城顕朝に譲られた。嫡子親朝は小峰家を興した。★歴史の変遷をたどれば時代を制した英雄伝説にも、栄枯盛衰の定理を教える。

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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