「二十二社巡り」北野天満宮・京都市上京区にある神社。旧称は北野神社。二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣中社。

き北野神社お 「二十二社巡り」北野天満宮・京都市上京区にある神社。旧称は北野神社。二十二社(下八社)の一社。旧社格官幣中社。通称として天神さん・北野さんとも呼ばれる。福岡県の太宰府天満宮とともに天神信仰の中心で、当社から全国各地に勧請が行われている。祭神・主祭神菅原道真公・相殿神・中将殿・吉祥女を祀る。延喜三年(903)、菅原道真が無実の罪で配流された大宰で没した後、都では落雷などの災害が相次いだ。これが道真の祟りだとする噂が広まり、御霊信仰と結びついて恐れられた。そこで、没後二十年目、朝廷は道真の左遷を撤回して官位を復し、正二位を贈った。天慶五年(942)、右京七条に住む多治比文子という少女に託宣があり、五年後にも近江国神官の幼児である太郎丸に同様の託宣があった。それに基づいて天暦元年6月9947)、現在地の北野の地に朝廷によって道真を祀る社殿が造営された。後に藤原師輔が自分の屋敷の建物を寄贈して、壮大な社殿に作り直されたと言う。永延元年(987)に初めて勅祭が行われ、一条天皇から「北野天満宮天神」の称が贈られた。正暦4年(993)には正一位右大臣太政大臣が追贈された。以降も朝廷から厚い崇敬を受け、二十二社の一社ともなった。中世になっても菅原氏藤原氏のみならず足利将軍家などからも崇敬を受けた。その後室町幕府軍の攻撃を受けて天満宮が焼け落ちてしまい、一時衰退する。天正十五年(1587)境内において豊臣秀吉による北野大茶湯が催行された。★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

 

 

スポンサーサイト

コメント

非公開コメント