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『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記) 23・「根之堅洲国」

ね根の国l

「根之堅洲国」の試練はスサノヲが我子のオオクニヌシへ神の試練によって国作り神としての資格を認めたもので、スサノヲ神の後継者としてのお墨付きを当てたものとして、情愛の有る試練の場面である。また根之堅洲国の入り口として出雲の国の比良坂まで追いかけてくる場面は、黄泉の国と同一視される所以であるが、あくまでも黄泉の国は死後の世界と考えた方が理屈に合い、根之堅洲国は地底の国ととらえた方が理解がし易い。そして根之堅洲国の主がスサノヲ神と考え、今もスサノヲ神が地底の国に住み続けているとすれば時限を超えて存在している。

●根の国(ねのくに)は、日本神話に登場する異界である。『古事記』では「根之堅州國」(ねのかたすくに)・「底根國(そこつねのくに)、『日本書紀』では根国(ねのくに)、祝詞では根の国底の国(ねのくにそこのくに)・底根の国(そこねのくに)と書かれる。根の国は、その入口を黄泉の国と同じ黄泉平坂(よもつひらさか)としている記述が『古事記』にあり(大国主の神話)、一般には根の国と黄泉の国は同じものと考えられている。しかし六月晦の大祓の祝詞では根の国は地下ではなく海の彼方または海の底にある国としている。柳田國男は、根の国の「ネ」は琉球の他界信仰である「ニライカナイ」と同じものであるとし、それに「根」の字が宛てられたために地下にあるとされるように変化したとしている[2]。また、高天原も根の国も元は葦原中国と水平の位置にあったのが、高天原を天上に置いたために根の国は地下にあるとされるようになったとする説もある。いずれにしても、根の国が地下にあるとされたことで、それが死者の国である黄泉の国と同一視されるようになった。祝詞においては、罪穢れは根の国に押し流すとしていたり、悪霊邪鬼の根源とされたりしている。逆に、『古事記』では大国主が王権の根拠となる刀・弓矢・琴を根の国から持ち帰っていたり、スサノオが根の国を「妣(はは)の国」と呼んでいたりする。これらのことから、根の国は正と負両方の性格を持った世界と捉えられていたと考えられる。柳田國男は根の国が「ニライカナイ」と同根であるとの考えから、根の国は本来は生命や富の根源の地(=根の国)であり、本来は明るいイメージの世界だったとしている。根の国のあった場所は言うまでもなく地下であるという主張もあるが、一方で古くから神話を現実的に解釈し、地上のどこかに当てる説が行われた。その場合、イザナミやスサノオと縁の深い出雲国に入口があるとする説がある。特に、夜見(よみ)という地名のある鳥取県米子市と、黄泉平坂の比定地のある島根県松江市の間の島根県安来市には、古事記にも「出雲国と伯耆国の堺の比婆山」と記されたイザナミのものと伝えられる御神陵があることからこの出雲東部一帯が根の国とする説が安本美典著『邪馬台国と出雲神話』]では述べられている。また、大国主が根の国へ行く前に「木の国」へ行ったとの記述が神話にあることから、紀伊国、特にスサノオとの縁が深い熊野であるとする説もある。『日本書紀』の一書にイザナミが熊野に葬られたとの記述もあるように、熊野もまた古来より他界信仰の霊地であった。ただし、出雲説を支持する立場からは、「根」からの連想で「木」を持ち出しただけであるとする反論もある。

★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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