『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記) 18・「天の岩戸の神々」

根の国1『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記)

18・「天の岩戸の神々」

「天の岩戸の神々」、日本神話に登場する、岩でできた洞窟である。天戸(あまと)、天岩屋(あまのいわや)、天岩屋戸(あまのいわやと)ともいい、「岩」は「磐」あるいは「石」と書く場合もある。太陽神である天照大神が隠れ、世界が真っ暗になった岩戸隠れの伝説の舞台である。誓約で身の潔白を証明した建速須佐之男命は、天原に居座った。そして、田の畔を壊して溝を埋めたり、御殿に糞を撒き散らしたりの乱暴を働いた。他の神は天照大神に苦情をいうが、天照大神は「考えがあってのことなのだ」とスサノヲをかばった。しかし、天照大神が機屋で神に奉げる衣を織っていたとき、建速須佐之男命が機屋の屋根に穴を開けて、皮を剥いだを落とし入れたため、驚いた1人の天の服織女は(ひ)が陰部に刺さって死んでしまった。ここで天照大神は見畏みて、天岩戸に引き篭った。高天原葦原中国も闇となり、さまざまな禍(まが)が発生した。そこで、八百万の神々が天の安河の川原に集まり、対応を相談した。思金神の案により、さまざまな儀式をおこなった。常世の長鳴鳥()を集めて鳴かせた。鍛冶師の天津麻羅を探し、伊斯許理度売命に、天の安河の川上にある岩と鉱山の鉄とで、八咫鏡(やたのかがみ)を作らせた。玉祖命に八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠(八尺瓊勾玉・やさかにのまがたま)を作らせた。天児屋命太玉命を呼び、雄鹿肩の骨とははかの木で占い(太占)をさせた。賢木(さかき)を根ごと掘り起こし、枝に八尺瓊勾玉と八咫鏡と布帛をかけ、フトダマが御幣として奉げ持った。アメノコヤネが祝詞(のりと)を唱え、天手力雄神が岩戸の脇に隠れて立った。天宇受賣命が岩戸の前にを伏せて踏み鳴らし、神憑りして胸をさらけ出し、裳の紐を陰部までおし下げて踊った。すると、高天原が鳴り轟くように八百万の神が一斉に笑った。これを聞いた天照大神は訝しんで天岩戸の扉を少し開け、「自分が岩戸に篭って闇になっているのに、なぜ、天宇受賣命は楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか」と問うた。アメノウズメが「貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです」というと、天児屋命と太玉命が天照大神に鏡を差し出した。鏡に写る自分の姿をその貴い神だと思った天照大神が、その姿をもっとよくみようと岩戸をさらに開けると、隠れていたアメノタヂカラオがその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。すぐにフトダマが注連縄を岩戸の入口に張り、「もうこれより中に入らないで下さい」といった。こうして天照大神が岩戸の外に出てくると、高天原も葦原中国も明るくなった。八百万の神は相談し、須佐之男命に罪を償うためのたくさんの品物を科し、髭と手足の爪を切って高天原から追放した[5]

★登場する神々

●思金神=オモイカネ(おもひかね)は、日本神話に登場する知恵を司る神である。『古事記』では思金神、常世思金神、『日本書紀』では思兼神、『先代旧事本紀』では思金神、常世思金神、思兼神、八意思兼神、八意思金神と表記する。高皇産霊尊の子とされるが、常世の神とする記述もある。名前の「おもひ」は「思慮」、「かね」は「兼ね備える」の意味で、「数多の人々の持つ思慮を一柱で兼ね備える神」の意である。思想や思考、知恵を神格化したものと考えられている。「八意」(やごころ)は多くの知恵という意味であり、また立場を変えて思い考えることを意味する。高天原の知恵袋といっても良い存在である。最も有名な話では、岩戸隠れの際に、天の安原に集まった八百万の神に天照大神を岩戸の外に出すための知恵を授けたこととされている。葦原中国平定では、葦原中国に派遣する神の選定を行っている。その後の天孫降臨瓊々杵尊に随伴した。知恵の神、学問受験の神として信仰されており、秩父神社埼玉県秩父市)、阿智神社長野県下伊那郡阿智村)などに祀られている。また天気に関する唯一の神社、気象神社(東京都杉並区)にも祀られている。 また、江戸時代後期の国学者・平田篤胤の説では、この神は天児屋命と同一神であるとしている。また、この神は、家を建てる際の建前と関係のある手斧初の儀式の際に祭られる神ともされている(手置帆負命(たおきほおひのみこと)彦狭知命(ひこさしりのみこと)の二神と、現地の産土神もしくは思兼神を祭る)。

 

天宇受売(あめのうずめ)(みこと)=『古事記』では天宇受売(あめのうずめ)(みこと)と表記、『記紀』神話にアマテラス大神の天の岩戸の前で神がかりで踊った女神。天孫降臨では、天の児屋根・大玉命・などと地上界に降った。また猿田彦を鎮座すべき所に送って行き、子孫を猿女君といった。アメノウズメ(アマノウズメ)は、日本神話に登場する。「岩戸れ」の伝説などに登場する芸能の女神であり、日本最古の踊り子と言える。一説に別名「宮比神」(ミヤビノカミ)[1]大宮売神(オオミヤノメノカミ)と同一視されることもある古事記』では天宇受賣命、『日本書紀』では天鈿女命と表記する。岩戸隠れで天照大神が天岩戸に隠れて世界が暗闇になったとき、神々は大いに困り、天の安河に集まって会議をした。思兼神の発案により、岩戸の前で様々な儀式を行った。このように記述されている。 「槽伏(うけふ)せて踏み轟こし、神懸かりして胸乳かきいで裳緒(もひも)を陰(ほと=女陰)に押し垂れき。」 つまり、 アメノウズメがうつぶせにした槽(うけ 特殊な桶)の上に乗り、背をそり胸乳をあらわにし、裳の紐を股に押したれて、女陰をあらわにして、低く腰を落して足を踏みとどろかし(『日本書紀』では千草を巻いた矛、『古事記』では笹葉を振り)、力強くエロティックな動作で踊って、八百万の神々を大笑いさせた。その「笑ひえらぐ」様を不審に思い、戸を少し開けた天照大神に「あなたより尊い神が生まれた」とウズメは言って、天手力雄神に引き出して貰って、再び世界に光が戻った。天孫降臨の際、瓊瓊杵尊(ににぎ)が天降ろうとすると、高天原から葦原中国までを照らす神がいた。アマテラスと高木神に、「手弱女だが顔を合わせても気後れしない(面勝つ)からあなたが問いなさい」と言われたアメノウズメが名を問い質すと、その神は国津神猿田彦と名乗り、道案内をするために迎えに来たと言った。アメノウズメは天児屋命(あめのこやね)、太玉命(ふとだま)、玉祖命(たまのおや)、石凝姥命(いしこりどめ)と共に五伴緒の一人としてニニギに随伴して天降りした。アメノウズメはサルタヒコの名を明かしたことからその名を負って仕えることになり、猿女君の祖神となった。一説にはサルタヒコの妻となったとされる。アメノウズメは大小の魚を集めて天孫(ニニギ)に仕えるかどうか尋ねた。みな「仕える」と答えた中でナマコだけが何も答えなかったので、アメノウズメはその口を小刀で裂いてしまった。それでナマコの口は裂けているのである。

 

天児屋(あまこや)命=天児屋命(あめのこやねのみこと)は、日本神話に登場する神社の祭神としては天児屋根命とも表記される。春日権現(かすがごんげん)、春日大明神とも呼ぶ。居々登魂命(こごとむすび)の子で、妻は天美津玉照比売命(あめのみつたまてるひめのみこと)。天押雲命の父。岩戸隠れの際、岩戸の前で祝詞を唱え、天照大神が岩戸を少し開いたときに太玉命とともに鏡を差し出した。天孫降臨の際瓊瓊杵尊に随伴し、古事記には中臣連の祖となったとある。 名前の「コヤネ」は「小さな屋根(の建物)」の意味で、託宣の神の居所のことと考えられる。 また、江戸時代後期の国学者平田篤胤の説では、この神は思兼神と同一神であるとしている。

 

伊斯許理(いしこり)()()(みこと)=『記紀』の神話に出てくる、天の岩戸の時に鏡を作った神、鏡造り部の遠祖。五部神の一神。イシコリドメまたはイシコリトベは、日本神話に登場するである。作鏡連(かがみづくりのむらじ)らの祖神、天拔戸または天糠戸の子とされている。『古事記』では伊斯許理度売命、『日本書紀』では石凝姥命または石凝戸邊命と表記されている。岩戸隠れの際に八咫鏡を作った。ちなみに日前神宮・國懸神宮和歌山市)には八咫鏡に先立って鋳造された鏡である日像鏡・日矛鏡(ひがたのかがみ・ひぼこのかがみ)がある。日像鏡は日前神宮の神体、日矛鏡は國懸神宮の神体となっている。天孫降臨の際瓊瓊杵尊(ににぎ)に附き従って天降るよう命じられ、天児屋命(あめのこやね)、太玉命(ふとだま)、天鈿女命(あめのうずめ)、玉祖命(たまのおや)と共に五伴緒の一人として随伴した。

 

天手(あまた)力男(じからお)(かみ)=腕力、筋力など力の強い男神。アメノタヂカラオ(アメノタヂカラヲ)は、日本神話に登場する。『古事記』では天手力男神、『日本書紀』では天手力雄神と表記される。名前は「天の手の力の強い男神」の意であり、腕力・筋力を象徴する神であることがうかがえる。岩戸隠れの際は岩戸の脇に控えており、アマテラスが岩戸から顔をのぞかせた時、アマテラスを引きずり出して(『日本書紀』の一書や『古語拾遺』では「引き開けて」)、それにより世界に明るさが戻った。天孫降臨の際、アマテラスが三種の神器オモイカネ、タヂカラオ、天石別神を副えたとあり、その後伊勢の佐那県(三重県多気町佐奈)に鎮座したとしている。

 

●玉祖命=天の岩戸の際に勾玉を作った神。玉祖連の祖。玉祖命(たまのおやのみこと)は、日本神話に登場するである。玉造部(たまつくりべ)の祖神とされる。『古事記』にのみ登場する。『日本書紀』にはこの名前の神は登場しないが、同神と見られる神が登場する。岩戸隠れの際に八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)を作った。天孫降臨の際瓊瓊杵尊(ににぎ)に附き従って天降るよう命じられ、天児屋命(あめのこやね)、布刀玉命(ふとだま)、天宇受売命(あめのうずめ)、伊斯許理度売命(いしこりどめ)と共に五伴緒の一人として随伴した。『日本書紀』の岩戸隠れの段では、八尺瓊勾玉を作ったのは「玉造部の遠祖・豊玉神(とよたまのかみ)」(第二の一書)、「玉作の遠祖、伊弉諾尊の児・天明玉命(あめのあかるたまのみこと)」(第三の一書)としている。どちらも玉造部の祖としていることから玉祖命と同神と考えられる。

 

●布刀玉命=天の岩戸にアマテラス大神を出す際に鏡を差し出した神、また占いの神、ニニギ神に落とし降臨した際にお供した神。フトダマは、日本神話に登場する。『古事記』では布刀玉命、『日本書紀』では太玉命、『古語拾遺』では天太玉命(あめのふとだまのみこと)と表記する。忌部氏(後に斎部氏)の祖の一柱とされる。出自は『記紀』には書かれていないが、『古語拾遺』などでは高皇産霊尊(たかみむすび)の子と記されている。岩戸隠れの際、思兼神が考えた天照大神を岩戸から出すための策で良いかどうかを占うため、天児屋命とともに太占(ふとまに)を行った。 そして、八尺瓊勾玉八咫鏡などを下げた天の香山の五百箇真賢木(いおつまさかき)を捧げ持ち、アマテラスが岩戸から顔をのぞかせると、アメノコヤネとともにその前に鏡を差し出した。天孫降臨の際には、瓊瓊杵尊に従って天降るよう命じられ、五伴緒の一人として随伴した。『日本書紀』の一書では、アメノコヤネと共にアマテラスを祀る神殿(伊勢神宮)の守護神になるよう命じられたとも書かれている。

★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

 

 

 

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