史跡を巡る歴史の憧憬               川村一彦

『歴史の時々変遷』15”平城京遷都“ 「平城京遷都」奈良時代の日本の首都

平城京5。いわゆる「奈良」である。の都「長安」や北魏洛陽城などを模倣して建造されたとされ、現在の奈良県奈良市及び大和郡山市近辺に位置していた。和銅元年(708)元明天皇は遷都の詔を出し、「四禽図に叶い、三山鎮を作す」と言って奈良盆地の北端辺り、造営された。藤原京から平城京への遷都文武天皇在世中の707に審議が始まり、708には元明天皇により遷都の詔が出された。しかし、710に遷都された時には、内裏大極殿、その他の官舎が整備された程度と考えられており、寺院や邸宅は、山城国長岡京に遷都するまでの間に、段階的に造営されていったと考えられている。740恭仁京難波京への遷都によって平城京は一時的に放棄されるが、745には、再び平城京に遷都され、その後784(延暦3年)、長岡京に遷都されるまで政治の中心地であった。山城国に遷都したのちは南都とも呼ばれた。平城京は南北に長い長方形で、中央の朱雀大路を軸として右京左京に分かれ、さらに左京の傾斜地に外京が設けられている。東西軸には一条から九条大路(十条については後述)、南北軸には朱雀大路と左京一坊から四坊、右京一坊から四坊の大通りが設置された条坊制の都市計画である。各大通りの間隔は約532メートル、大通りで囲まれた部分(坊)は、堀と築地(ついじ)によって区画され、さらにその中を、東西・南北に3つの道で区切って町とした。京域は東西約4.3キロメートル、南北約4.7キロメートルに及ぶ。平城京の市街区域は、大和盆地中央部を南北に縦断する大和の古道下ツ道中ツ道を基準としている。下ツ道が朱雀大路に当たり、中ツ道が左京の東を限る東四坊大路に当たる。二条大路から五条大路にかけては、三坊分の条坊区画が東四坊大路より東に張り出しており、これを外京と呼ぶ。また、右京の北辺は二町分が北に張り出しており、これを北辺坊と称する。市街地の宅地は、位階によって大きさが決められ、貴族が占める4町の物を筆頭として、2町・1町・1/2町・1/4町・1/8町・1/16町・1/32町などの宅地が与えられた。土地は公有制であるため、原則的には天皇から与えられた物であった。 平城宮の東側の一坊大路と二坊大路の間には、4町の宅地を占有した藤原不比長屋王藤原仲麻呂の邸が集まっていた。 唐の都の長安を模倣して作られたというのが一般的な定説である。しかし先行する藤原京の場合大内裏に当たる部分が中心に位置しており、北端に置いたのは北魏洛陽城などをモデルとした、日本独自の発展形ではないかという見方もある。しかし、中国の辺境の異民族の侵略を重く見た軍事的色彩の濃いものでなく、極めて政治的な都市であった。平城宮内裏)は朱雀大路の北端に位置し、そこに朱雀門が設置された。平城宮は平城京造営当初から同じ位置に存在した。その中心建物で、朱雀門の北にあった大極殿740の恭仁京遷都の際に取り壊され、745年の平城京遷都後に旧位置の東側(壬生門の北)に再建された。朱雀大路の南端には羅城門があり、九条大路の南辺には京を取り囲む羅城があった。ただし、実際には羅城は羅城門に接続する極一部しか築かれなかったのではないかとする説が有力である。寺院建築は非常に多い。京内寺院の主要なものは、大安寺薬師寺興福寺元興寺(以上を四大寺と称した)で、これらは藤原京から遷都に際して移転されたものである。東大寺は東京極大路に接した京域の東外にあり、聖武天皇によって天平勝宝4年(752)に創建、西大寺は右京の北方に位置し、称徳天皇により天平神護元年(765年)に創建された。これらに法隆寺を加えて七大寺(南都七大寺)と称する。この他、海龍王寺法華寺唐招提寺菅原寺喜光寺)、新薬師寺紀寺(子院が残る)、西隆寺(廃寺)などがあった。下三橋遺跡で発見された道路の遺構に加え、羅城(城壁)跡の一部が発見されたことに依る。この羅城は中国の都城の様な土壁ではなく、南面だけは高い築地塀があったが他は簡単な瓦葺きの板塀ではないかと推定されている。★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

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Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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