『鎌倉・室町の群像伝』八十六“吉田定房” 吉田定房(1274~1338)鎌倉後期から南北朝の公卿。峨醍醐天皇の乳父。

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吉田定房(1274~1338)鎌倉後期から南北朝の公卿。峨醍醐天皇の乳父。父は大納言吉田経長、母は権中納言葉室定嗣の娘。大覚寺統に仕え、後宇多上皇の信任を得。乾元元年(1302)29歳で参議になる。従三位、権中納言を経て1307年三位に叙された。翌年持明院統から花園天皇が即位すると辞官。1318年後醍醐天皇が即位して再び後宇多上皇の院政が始まると復帰し、院評定衆・伝奏となり、1319年権大納言。醍醐寺三宝院に伝わる後醍醐天皇の討幕計画を諫めた定房奏状したものとされる。討幕計画が発覚し天皇が窮地に陥った同年9月正中の変では幕府に対する弁明するための天皇の誓書を起草、1331年の元弘の変では討幕計画を幕府側に密告した。建武政治が親政が開始されると重用され、准大臣・内大臣に昇り、雑訴決断所蔵人・恩賞方蔵人・伝奏等の要職を務めた。南北朝に入ると、1337年京都を脱して吉野に参じ、後醍醐天皇に仕えたが、翌年1月23日吉野で没。※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

 

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