「西国四十九薬師巡り」高室院・高野山真言宗 通称・小田原坊・和歌山県伊都郡高野町高野山・●小田原城主北条氏直公が潜居。

た高室院6 (2)
「西国四十九薬師巡り」高室院・高野山真言宗 通称・小田原坊・和歌山県伊都郡高野町高野山・●小田原城主北条氏直公が潜居。今から約千二百年前、真言宗の宗祖弘法大師は、時の帝、嵯峨天皇の勅許を得られ、真言密教の根本道場として高野山を賜られました。それから約三百数十年後、村上天皇のご血統を引かれる房海僧正によって当院が創建され、当初は、智恵門院と呼ばれていましたが、後に高室院と改められ、今日に至っている。法燈は師資連綿として受け継がれ、第九世の大聖僧正は大和の国、天河弁財天の化現と伝えられるなど、多くの名僧を輩出している。また、学問寺として学侶の名室寺院の一つに数えられ、多くの学匠が生まれている。天平年間(一五七三~九一)、小田原城主北条氏直公が当院に潜居してから、北条家の菩提所として「小田原坊」と呼ばれるようになり、現在でも、関東の寺院、ご信者との御縁は深いのです。また、伊勢の藤堂家、土佐の山内家とも壇契を結んだ時期があった。当院の本堂は明治二十一年(一八八八)の大火に類焼し、昭和五十九年(一九八四)、弘法大師御入定千百五十年御遠忌の年に現在の本堂が再建された。本尊の薬師如来は、紀伊續風土記によると行基菩薩の御真作と伝えられ、重要文化財のため現在は高野山霊宝館に収められている。現在本堂に御安置の薬師如来は、京仏師江里氏の作である。明治になって、大乗院・発光院・蓮上院を合併し、寺宝としては、弘法大師御筆大威徳明王影・高野結界啓白文・十二天屏風・同御作帆揚不動尊(重文)を蔵している。高野山は海抜約九百メートル、大小、十六の峯々に囲まれた山上の盆地です。峯々は外八葉・内八葉と呼ばれ、あたかも蓮の花が開いたようで、まさに仏国土・密厳浄土と呼ぶにふさわしい地形といえる、当院は、高野山のほぼ中央に位置し、東の奥之院、西の大伽藍寺等、どこへ参拝するのにも便利である。境内は広く、マイカーでの巡拝にも十分な駐車スペースがある。※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
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