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京都古社寺探訪「蛸薬師堂」京都の蛸薬師は永福寺の本尊とされ、奉納される小絵馬

た蛸薬師k (2)
た蛸薬師k (1)
京都古社寺探訪「蛸薬師堂」京都の蛸薬師は永福寺の本尊とされ、奉納される小絵馬には蛸と着物姿の女が描かれている。本来の永福寺本尊は伝教大師が製作した薬師如来で、水上薬師ないし沢薬師と呼ばれていた。時代を経る毎にこれが誤って蛸薬師と伝えられるようになり、江戸時代の『都名所図会』には既に「蛸薬師は永福寺と号し、円福寺境内にあり」と紹介されていた。その後円福寺は1788年、1864年の大火で類焼し、1883年に三河国岩津村へと移された。この際、岩津村にあった妙心寺が京都へ移され、現在の永福寺となっているが、本尊は変わらず蛸薬師のままになったという。江戸時代に刊行された菊岡沾凉の『本朝俗諺志』には蛸薬師の効能として、蛸の絵馬を書き、物絶をして祈ると疣や痣に効く不思議な効験があると紹介されている。その他、井上頼寿の『京都民俗志』では民家に蛸地蔵尊が祀られていたという話を紹介しており、蛸薬師信仰が民間レベルで浸透していたと考えられている。東京目黒区の蛸薬師は成就院の本尊とされ、慈覚大師(円仁)が自身の眼病平癒のために作ったものに由来すると伝えられている。慈覚大師が唐から帰朝の折に暴風雨に遭い、その際に先の像を海に投じて祈ったところ、無事帰り着くことが叶ったという。その後諸国巡礼の際に肥前松浦で投じた薬師像が蛸に乗って顕現し、小像は慈覚大師の手元に戻ることとなった。目黒で疫病が流行した際に、この小僧を胎内仏として製作した薬師如来が現在の成就院蛸薬師となっている。成就院蛸薬師の効能について、井上喜平治『蛸の国』では蛸を断食して祈ることで吹き出物・疣が治癒すると紹介されている。こうした話は松平定信の『花月草紙』にも紹介されており、民間伝承として広く信仰されていたことが伺える。
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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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