「神仏永場巡り」泉涌寺 ・京都市東山区泉涌寺山内町にある真言宗泉涌寺派総本山の寺院。本尊は釈迦如来・阿弥陀如来・弥勒如来の三世仏

せ泉涌寺L
せ泉涌寺8 (2)
「神仏永場巡り」泉涌寺 ・京都市東山区泉涌寺山内町にある真言宗泉涌寺派総本山の寺院。本尊は釈迦如来・阿弥陀如来・弥勒如来の三世仏。平安時代の草創と伝えるが、実質的な開基は鎌倉時代の月輪大師俊芿である。東山三十六峰の南端にあたる月輪山の山麓に広がる寺域内には、鎌倉時代の後堀河天皇、四条天皇、江戸時代の後水尾天皇以下幕末に至る歴代天皇の陵墓があり、皇室の菩提寺として「御寺泉涌寺」と呼ばれている。伝承によれば、斉衡三年(856年)、藤原式家の流れをくむ左大臣藤原緒嗣が、自らの山荘に神修上人を開山として草創。当初は法輪寺と称し、後に仙遊寺と改めたという。なお、『続日本後紀』によれば藤原緒嗣は承和十年(843年)に没しているので、上述の伝承を信じるとすれば、藤原緒嗣の遺志に基づき、菩提寺として建立されたということになる。別の伝承は開創者を空海とする。すなわち、空海が天長年間(824年-834年)、この地に草創した法輪寺が起源であり、斉衡二年(855年)藤原緒嗣によって再興され、仙遊寺と改めたとするものである。空海による草創年代を大同二年(807年)とする伝承もあり、この寺院が後の今熊野観音寺(泉涌寺山内にあり、西国三十三所観音霊場の第15番札所)となったともいう。以上の伝承を総合すると、平安時代初期に草創された前身寺院が平安時代後期には荒廃していたのを、鎌倉時代に再興したものと思われる。鎌倉時代の建保六年(1218年)、宇都宮信房が、荒廃していた仙遊寺を俊芿に寄進、俊芿は多くの人々の寄付を得てこの地に大伽藍を造営し、霊泉が湧いたので、寺号を泉涌寺としたという。



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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
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