史跡を巡る歴史の憧憬               川村一彦

「浪速史跡探訪」「八剱神社」所在地 大阪府大阪市城東区鴫野東3-31-8 御祭神 中御座 八劔大明神・北御座 武速須佐雄大神・南御座 罔象女大神 社格 式外社 境内末社 野神社 

や八剱神社2 (2)
や八剱神社5 (1)
「浪速史跡探訪」「八剱神社」所在地 大阪府大阪市城東区鴫野東3-31-8 御祭神 中御座 八劔大明神・北御座 武速須佐雄大神・南御座 罔象女大神 社格 式外社 境内末社 野神社  宮地神、鹿屋野比賣命・・戎神社 事代主命、大国主命  ・・幸神社 産霊神、狭田毘古大神、奥津比古大神、奥津比賣大神・辨天社 辨財天女、大楠稲生大明神、楠春稲生大明神・今福の皇大神宮から、寝屋川を超えてさらに南下し、学研都市線・鴫野駅の東方線路沿いに「八剱神社」はある。 事前に八剱神社を調べたのだが、全国には中部地方を中心に多数の八剱神社がある。呼び名は「はっけんじじゃ」と言ったりもするようだ。 でも総社とか本山みないなものは発見できなかった。また、御祭神もいろいろであるが、日本武尊が一番多いように思う。あえて言えば共通しているのは「剣」である。日本武尊は草薙の剣であり、須佐之男命の場合は、叢雲の剣である。そもそもこの二つの剣は同一のものである。
 「八剱神社」由緒によれば、尾張の熱田神宮に祀る天叢雲劔を以て八劔大明神と為す、とあり「須佐之男命」と同体とされている。さて、話が長くなったが、八劒神社創祀縁起について記しておく。
応永の始め、鴫野村の住民某がある夜夢を見た。 その夢枕に一人の老翁が現れ「吾はこれ熱田の神なり。跡をこの地に、垂れんと欲す。明日汝等出でて吾を淀川の河辺に迎うべし」と告げたので、翌日村人十数人を呼んでことの次第を語ったところ、自分も同じ夢を見たと云う者が十人余に及んだ。
 そこで一同は各々衣服を改めて河辺に出迎えると、果たして一ぴきの小蛇が河中に現れ、まっすぐこちらに向かって来て、やがて岸に上がった。 その様の悠々泰然たるを見て、村人は畏敬にうたれ、一同相従って行くと、小蛇は川を越え、堤を経て鴫野村に入った。そして、小蛇がとどまった所を見て、村人たちはそこに小さな祠を建ててこれを祀った。 時に応永三年(一三九六年)九月二十二日のことである。以来、今日に至る。 
 
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Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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