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「古社寺探訪」錦織神社(にしきおりじんじゃ)は、大阪府富田林市にある神社。 ただし地元では、錦織を「にしこり」「にしこおり」「にしごり」というふうに訛って呼んでいる。 所在地は富田林の東。本来の錦織地区からはかなり離れている。

に錦織神社2
「古社寺探訪」錦織神社(にしきおりじんじゃ)は、大阪府富田林市にある神社。 ただし地元では、錦織を「にしこり」「にしこおり」「にしごり」というふうに訛って呼んでいる。 所在地は本来の錦織地区からはかなり離れている。(錦織地区は神社の最寄り駅からさらに一駅南側の一帯である。 ちなみに、錦織公園の呼び方は公式に「にしこおり」と案内されている。)神社のある地域は、太古は「錦部(にしごり)部」と呼ばれていたようで、旧くは織物の技術を持つ人々が百済より渡来し住みついていたとされている。神社は錦部部(錦部氏)の氏神である。 創建年代は不明であるが、昭和10年(1935年)の本殿修理の際に地中から平安時代中期の丸瓦・平瓦が発見され、そのころかそれ以前に創建されたと推定されている。川西小学校の門の横に鳥居があり、そこから約150メートルの長い参道が続いている。社務所と拝殿の間を通りぬけると、正面に本殿、その両脇に摂社の社殿が並んで見える。 主祭神は、建速素戔嗚命、品陀別命、菅原道真 であり、それぞれ中央、左側、右側の社殿に祀られている。重要文化財・本殿、摂社天神社本殿、摂社春日社本殿、本殿は正平18年(1363年)の建築である。入母屋造三間社、正面千鳥破風、軒唐破風付き、檜皮葺きとする。正面の向拝には丸みを帯びた唐破風を造り、屋根の斜面正面につけられた三角形の千鳥破風が唐破風の上に位置する。こうした屋根形式は室町時代の神社建築としては珍しく、貴重なものとされる。 この建築様式は江戸時代に建築された神社に多く採用され、「錦織造り」と呼ばれ、日光東照宮にも影響を与えたといわれている。両摂社は小規模な流造二間社で、天神社には文明12年(1480年)の棟札があり、春日社も同じ頃の建築と推定される。本殿、両摂社とも国の重要文化財に指定されている。




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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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