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『歴史の時々変遷』(全361回)175“天王寺の戦い” 「天王寺の戦い」石山合戦の一環として天正4年(1576)5月7日に摂津天王寺で行なわれた織田信長と一向一揆との戦い

天王寺4 (1)
『歴史の時々変遷』(全361回)175“天王寺の戦い”
「天王寺の戦い」石山合戦の一環として天正4年(1576)5月7日に摂津天王寺(現在の大阪府大阪市)で行なわれた織田信長と一向一揆との戦いである。天王寺砦の戦いともいう。元亀元年(1570年)9月、石山本願寺の門跡・顕如は織田信長との対決を決意した。石山合戦の始まりである。本願寺と織田軍は一進一退を繰り返したが、顕如の義兄武田信玄の病死や浅井長政・朝倉義景・長島一向一揆滅亡などで次第に追いつめられていった。そんな中、天正4年(1576年)2月、足利義昭の呼びかけに応じて毛利輝元が信長包囲網の一翼に参加し、本願寺に兵糧などの援助を始めた。これが顕如を強気にして、畿内の信徒に動員令を出して5万の兵力をかき集めた。このため、諸々の事情から停滞していた本願寺と織田家の戦闘が再燃することとなった。信長は本願寺の挙兵に危機感を強め、佐久間信盛・明智光秀・塙直政・細川藤孝・筒井順慶・中川清秀・高山右近・荒木村重らを摂津方面に出兵させた。この時、信長が光秀・藤孝宛てに送った書状が現存している。本願寺周辺の麦を薙ぎ捨てよ(刈田)、油断のないようにせよという他、「一般の信徒の男女は赦免するので城を出るべきである」という立て札を立てよ、という点がこれまでの長島一向一揆・越前一向一揆への対応とは全く異なる。ただし指導者である坊主は許すな(=殺せ)と命じている。4月14日、信長は、荒木村重には尼崎から海上を通って北の野田に3箇所、明智光秀・細川藤孝らは南東の守口・森河内の2箇所に、塙直政は南の天王寺に1箇所それぞれ砦を築かせ、本願寺の包囲を強めようとした。一方、本願寺側は楼の岸・木津の2箇所に砦があり、難波方面への水路を確保していた。信長はこれを断つため木津砦を攻撃する事を決め、天王寺砦に佐久間信盛の嫡男佐久間信栄と光秀を入れ置いた。5月3日早朝、織田軍は木津に攻撃をかける。陣立ては先陣が三好康長・根来衆・和泉衆、2番手が塙直政・大和衆・山城衆である。しかし、楼の岸砦から本願寺勢・約1万が討って出てきて、織田軍を包囲しつつ数千丁の鉄砲で銃撃を加えた(精強鉄砲隊の雑賀衆が味方していた)。直政の軍勢がこの攻撃を引き受けて数刻の間戦ったが敵に囲まれ、直政は一族の塙安弘・塙小七郎や蓑浦無右衛門・丹羽小四郎らと共に討死、康長は逃亡して軍は崩壊した。本願寺勢は勢いに乗じて天王寺砦を包囲・攻撃、窮地に陥った光秀・信栄らは、京都に滞在していた信長に援軍を要請した。これを聞いた信長は諸国に動員令を出し、5日に100人の兵を率いて河内若江城に入った。しかし突然の命令だったため、兵力が集まらなかった。この時のことを、『信長公記』では次のように記している。6日、信長は軍勢の到着を待ったが、突然の出陣だったためあまり兵力が集まらなかった。天王寺砦からは「あと3、5日さえ持ちこたえるのは難しい」とたびたび知らせてきたため、信長はこのまま眼前で味方を攻め殺させて面目を失っては無念と考え、わずかな手勢で本願寺勢を強襲することを決定、翌日の7日、信長は3000ほどの兵で本願寺勢1万5千に突撃した。陣立ては3段で、先陣は佐久間信盛・松永久秀・細川藤孝・若江衆、2番手は滝川一益・蜂屋頼隆・羽柴秀吉・丹羽長秀・稲葉一鉄ら、3番手は信長の馬廻りで、信長自身は先手の足軽に混じって指揮を取った。なおこの時、信長は荒木村重に先陣を任せようとしたが、村重は木津方面の守備を引き受けるといって断った。後に信長は「荒木に先陣をさせなくてよかった」と回想したという。本願寺勢は多数の鉄砲で防戦したが、織田軍はこれに突っ込んで敵陣を切り崩し、天王寺砦の守備隊と合流した。この際、信長は敵の鉄砲を足に受けて軽傷を負った。合流されたとはいえ、本願寺勢は退却せず、陣形を立て直しつつあった。信長はそこへ再度攻撃をかける事を決める。家老たちは多勢に無勢であるとして止めたが、信長は「今度間近く寄り合ひ侯事、天の与ふる所の由(いま敵が間近にいるのは天の与えた好機である)」と言い放ち、陣形を2段に立て直して突撃。本願寺勢を撃破し、更にこれを石山本願寺の木戸口まで追撃し、2700余りの敵を討ち取った。こうして織田軍の大勝で天王寺砦の戦いは幕を閉じた。信長は大坂の10箇所に付城を作るよう命じ、佐久間信盛・信栄父子と松永久秀らを天王寺砦に入れると、6月5日に若江城に帰還した。

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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