スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

“日本名僧・高僧伝”35・俊芿(しゅんじょう)[生]永万2 (1166).8.14.~[没]嘉禄3 (1227).3.8. 京都 平安時代末期から鎌倉時代の僧。戒律宗北宋律の開祖。

俊仍1
俊仍2
“日本名僧・高僧伝”35・俊芿(しゅんじょう)[生]永万2 (1166).8.14.~[没]嘉禄3 (1227).3.8. 京都
平安時代末期から鎌倉時代の僧。戒律宗北宋律の開祖。肥後の人。字は我禅。号は不可棄。勅号は大興正法国師,勅諡は月輪大師。14歳のとき飯田山の真俊の弟子となり,18歳で出家,翌年観世音寺で具足戒を受けた。建久10(1199)年弟子安秀,長賀とともに入宋。天台山,径山,四明山などの諸寺を歴訪し,戒律,天台,浄土の教学を学び,建暦1(1211)年に帰朝。栄西の請により建仁寺に住し,翌年稲荷の崇福寺に移り,建保6(1218)年洛東の仙遊寺に入って,中興して泉涌寺と改めた。天台,真言,禅,律の兼学道場とし,後鳥羽上皇(→後鳥羽天皇),北条政子,北条泰時らの帰依を受けた。『仏法宗旨論』『坐禅事儀』などの著書がある。泉涌寺の『泉涌寺観縁疏』は俊芿の筆跡として著名で,中国の黄山谷をしのばせる堂々とした風格を示す。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

最新コメント
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。