霊場巡り」四条畷神社・大阪府四条畷にある神社で建武中興の十五社の一社である。南軍の将として戦い、四条畷の戦いに敗死した楠木正成

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霊場巡り」四条畷神社・大阪府四条畷にある神社で建武中興の十五社の一社である。南軍の将として戦い、四条畷の戦いに敗死した楠木正成(大楠公)の息子楠木正行を祀る神社である。主祭神に楠木正行を祀り、二四柱の相祀楠木政時、楠木正家子息、和田賢秀、和田正朝、和田紀六左衛門子息、大塚惟久、畠山興三職俊、畠山六郎、野田四郎、野田四郎子息、野田四郎子息、金岸(某)金岸(某)弟、関住良円、関住良円子息、三輪西阿、三輪西阿子息、河邊石菊丸、譽田(某)阿間了願、青屋刑部を祀っている。由来は河内国賛良郡南野村字雁屋に「楠塚」と呼ばれる楠木正行の墓があった。明治期に明治政府によって南朝が正当化され、正行は父である正成が大楠公と崇められ、その子の正行は小楠公として「小楠公御墓所」として拡充され、飯盛山の山麓にある住吉平田神社の神職らが中心となって、楠木氏らの祀る神社の創建の願いを願い出た。明治二三年(1889)神社設立と別格官幣社四条畷神社の社号を宣下が下され翌年、住吉平田神社の南隣に創建をした。その後この地に大阪から浪速鉄道が四条畷駅まで開通し神社周辺は大いに栄えた。
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