「温故知新」        川村一彦

歴史は語る。

“日本名僧・高僧伝”11、玄賓(げんぴん、天平6年(734年)- 弘仁9年6月17日(818年7月23日))は、奈良時代から平安時代前期の法相宗の僧。河内国の出身。俗姓は弓削氏。興福寺の宣教に法相教学を学び、その後伯耆国会見郡に隠棲し、その後備中国哲多郡に移った。805年(延暦24年)桓武天皇の病気平癒を祈願し、翌806年(延暦25年)大僧都に任じられたが玄賓はこれを辞退している。桓武天皇の子嵯峨天皇の信任も厚く、809年(大同4年)招請を受けて嵯峨天皇の兄平城上皇の病気平癒を祈願し、811年(弘仁2年)から7年間夏と冬に慰問の書や布を賜っている。816年(弘仁7年)備中国哲多郡に対し玄賓在世中は庸米に代えて鉄を貢進させ、民衆の負担が軽減された。

 玄賓1“日本名僧・高僧伝”11、玄賓(げんぴん、天平6年(734- 弘仁9617818723))は、奈良時代から平安時代前期の法相宗河内国の出身。俗姓は弓削氏興福寺宣教に法相教学を学び、その後伯耆国会見郡に隠棲し、その後備中国哲多郡に移った。805延暦24年)桓武天皇の病気平癒を祈願し、翌806年(延暦25年)大僧都に任じられたが玄賓はこれを辞退している。桓武天皇の子嵯峨天皇の信任も厚く、809年(大同4年)招請を受けて嵯峨天皇の兄平城上皇の病気平癒を祈願し、811年(弘仁2年)から7年間夏と冬に慰問の書や布を賜っている。816年(弘仁7年)備中国哲多郡に対し玄賓在世中は庸米に代えて鉄を貢進させ、民衆の負担が軽減された。

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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