「西国観音三十三所巡り」石山寺・”西国観音13番札所“滋賀県大津市石山寺・宗派は東寺真言宗。本尊は如意輪観音、開基は良弁。

い石山寺k「西国観音三十三所巡り」石山寺・”西国観音13番札所“滋賀県大津市石山寺・宗派は東寺真言宗。本尊は如意輪観音、開基は良弁。当寺は京都の清水寺奈良県長谷寺と並ぶ、日本でも有数の観音霊場であり、西国三十三所観音霊場第13番札所となっている。また当寺は『蜻蛉日記』『更級日記』『枕草子』などの文学作品にも登場し、『源氏物語』の作者紫式部は石山寺参篭の折に物語の着想を得たとする伝承がある。「近江八景」の一つ「石山秋月」でも知られる。石山寺は、琵琶湖の南端近くに位置し、琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川の右岸にある。本堂は国の天然記念物珪灰石という巨大な岩盤の上に建ち、これが寺名の由来ともなっている。『石山寺縁起絵巻』によれば、聖武天皇の発願により、天平十九年(747)、良弁聖徳太子の念持仏であった如意輪観音をこの地に祀ったのがはじまりとされている。本尊の塑造如意輪観音像と脇侍の金剛蔵王像、執金剛神像は、天平宝字五年(761年)から翌年にかけて制作され、本尊の胎内に聖徳太子念持仏の六寸如意輪観音像を納めたという。以降、平安時代前期にかけての寺史はあまりはっきりしていないが、寺伝によれば、聖宝観賢などの当時高名な僧が座主として入寺している。聖宝と観賢はいずれも醍醐寺関係の僧である。石山寺と醍醐寺は地理的にも近く、この頃から石山寺の密教化が進んだものと思われる。石山寺の中興の祖と言われるのが、菅原道真の孫の第三世座主・淳祐890953)である。現在の本堂は永長元年(1096年)の再建。東大門、多宝塔は鎌倉時代初期、源頼朝の寄進により建てられたものとされ、この頃には現在見るような寺観が整ったと思われる。

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
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