「西国観音三十三所巡り」興福寺・南円堂・西国第九番札所として人々のお参りで賑わう。弘仁4年(813)藤原冬嗣が父 内麻呂追善の為に建てた

こ興福寺6 (2)「西国観音三十三所巡り」興福寺・南円堂・西国第九番札所として人々のお参りで賑わう。弘仁4年(813)藤原冬嗣が父 内麻呂追善の為に建てた。基壇築造の際には地神を鎮めるために、和同開珎や隆平永宝を撒きながら版築したことが発掘調査で明らかにされた。また鎮壇には弘法大師が係わったことが諸書に記される。不空羂索観音菩薩像を本尊とし法相六祖像、四天王像が安置されている。興福寺は藤原氏の氏寺であったが、藤原氏の中でも摂関家北家の力が強くなり、その祖である内麻呂・冬嗣ゆかりの南円堂は興福寺の中でも特殊な位置を占めた。その不空羂索観音菩薩像が身にまとう鹿皮は、藤原氏の氏神春日社との関係で特に藤原氏の信仰を集めた。創建以来四度目の建物で、寛保元年(1741)に立柱された。江戸時代の建物といっても、その手法はきわめて古様で、再建には北円堂を参考にしたのであろう。

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