史跡を巡る歴史の憧憬               川村一彦

「西国四十九薬師巡り」雲龍院・真言宗泉涌寺派・京都市東山区泉涌寺山内町・●皇室ゆかりの写経道場・雲龍院は真言宗の総本山泉涌寺の別格本山

雲龍院2 (2)

「西国四十九薬師巡り」雲龍院・真言宗泉涌寺派・京都市東山区泉涌寺山内町・(私が訪れた時に写経を熱心に大勢の人たちが黙々と書いていた)●皇室ゆかりの写経道場・雲龍院は真言宗の総本山泉涌寺の別格本山で、境内の一番奥まったところにある。泉涌寺は、東山三十六峯の南端、月輪山麓の清らかな湧き水のほとばしる仙境にあり、約四万坪の広さを備えている。皇室のご菩提所として、特異な格調高い法域でもあります。諸宗兼学の道場として、壮大にして華麗な殿堂がいらか甍を連ねており、かの有名な楊貴妃観音像も大門を入ったすぐ左手の観音堂に安置されています。
当院へは大門を横切り、左奥へと上がって行きます。雲龍院は、北朝第四代後光厳天皇が、泉涌寺第二十一世竹巌聖皐律師の法徳を慕われ、応安五年(一三七二)に創建されました。後光厳院はたびたび行幸になり、律師に聞法受戒しておられ、引導を受けて当院の背後の山に葬られました。後光厳天皇の御子後円融天皇、御孫後小松天皇も深く聖皐律師に帰依され、雲龍院の発展のため厚いご配慮をされ、ご葬送も当山で行われました。後円融天皇は、康応元年(一三八九)如法写経を発願され、そのご宸翰により法要が盛んになった。現在も毎月二十七日の開山聖皐律師の命日と、四月二十六日の後円融天皇のご祥月命日頃に厳修されている。延徳四年(一四九二)は後円融天皇の百年忌に当たり、ご尊影を絵所預の土佐光信に画かせ、御所で叡覧に供した。今日重要文化財に指定されています。文亀元年(一五〇一)後柏原天皇は綸旨をもって御黒戸御所を雲龍院に賜り、如法修殿と名付けらた。現在の本堂であり、重要文化財に指定されています。慶長元年の大地震で堂宇は大破したが、如周和尚が修理し再興させた。信仰厚い後水尾上皇は、写経道具一式二百点を当院に下賜され、また上皇の第七皇女光子内親王が書写された法華経が宝塔におさめられて、写経会の本尊として奉安されている。江戸時代後期には、皇室とのご縁故はますます深まり、玄関・方丈・勅使門を賜り、次いで明治元年(一八六八)歴代のご尊牌を奉安する霊明殿が現在のように再建され、庫裡に祀られている大黒天は、俗に「走り大黒」と言われ、泉山七福神の第五番として信仰を集めている。
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Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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