「河内史跡巡り」壺井寺・河内西国観音七番札所・平安時代法禅寺という立派な寺院が建立されていたのが、兵乱のため堂塔

つ壺井寺河内m 「河内史跡巡り」壺井寺・河内西国観音七番札所・平安時代法禅寺という立派な寺院が建立されていたのが、兵乱のため堂塔すべてを焼失、その後に再建されたのがこの壺井寺です。いまの本堂は明治二十年に再建されたのですが、これは、布忍の大林寺近くにあった永興寺の建物が当寺に運ばれ、そのまま移築されたものと伝えられています。永興寺はもとの名を布忍寺といい、七堂伽藍の大寺だったのですが、兵火にかかるなどして衰退、明治六年に廃寺となりました。現在、壺井寺本堂は、その永興寺の名残をとどめる建造物としては唯一のものです。また本堂としては珍しく寄せ棟造りで、そのことからもともとは観音堂であったと考えられています。さらにその中にかつて祀られていたのが、いま大林寺に安置されている十一面観音像だということです。当寺にはまた、避雷観音と称される本体一九・九センチの小さな聖観世音菩薩立像が、白鳳時代の貴重な銅像として、本堂の厨子に大切に祀られています。

スポンサーサイト

コメント

非公開コメント