「一ノ宮巡り」備前国一ノ宮・吉備津彦神社・祭神大吉備津彦命 岡山県岡山市一宮1043・旧国弊小社主祭神に大吉備津彦命

き吉備津彦神社4 (1) 「一ノ宮巡り」備前国一ノ宮・吉備津彦神社・祭神大吉備津彦命

岡山県岡山市一宮1043・旧国弊小社主祭神に大吉備津彦命に相殿には孝霊天皇・孝元天皇・開化天皇・崇神天皇の四天皇に天足彦国押入命・吉備武彦の六柱が祀られている。

古代信仰とされる御神体の吉備中山と広大な境内を持ち、神池には鶴島と亀島の二つの島がある。巨大な磐座郡には元宮奥宮で天御中主大神・高御産巣日神・神産巣日神の造化三神が鎮座し、山頂の吉備中山の茶臼山と名付ける所に、祭神の吉備津彦命の祖廟がる。

社殿前には東洋一と言われる大きな石燈篭がある。

社伝に依れば推古朝に創祀されたと言う。歴史的検証から大化改新以後の創建と考えられている。

他の吉備津神社同様に朝廷に崇敬されてきた。

承和七年(840)には一品の神階を授けられた。長保年間、応徳年間。天永年間、勅営による社殿改修が行われた。

やはりこの神社も中世の神仏習合の時勢には正宮・本宮・摂社などと神宮寺・神力寺・常行堂・法華堂も建てられて総括され吉備津宮と称し、一品一宮吉備津大明神として崇敬されている。

ただこの神社に訪れて感じることは、朝鮮の影響を受けた形跡があると言うことである。韓式の鳥居が有り、中国張道陵が開祖した道教が入り磐座神社ある。鳥居も神宮も渡来氏族の影響が窺える。

江戸時代になると岡山藩主池田氏の崇敬も厚く度々改修が行われた。

この付近には古墳群が存在し古代吉備国を象徴する。

★吉備国平定後は崇神天皇六〇年には武淳川別命ともに進んで出雲を征し、当時の出雲タケル、出雲振根を倒した子孫が吉備氏であると言う説もある。

岡山の名物「吉備団子」は西道将軍としての吉備津大明神と桃太郎伝説がる。何らかの古代吉備国に謎を秘めたものではないかと言われている。※歴史の学ぶ 先人の教訓と智恵。

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