「温故知新」        川村一彦

歴史は語る。

『歴史歳時記豆知識』73・神祇官(じんぎかん、かみづかさ、かんづかさ)古代の日本の律令制で設けられた、朝廷の祭祀を司る官庁名

 神祇官2『歴史歳時記豆知識』73・神祇官(じんぎかん、かみづかさ、かんづかさ)古代日本律令制で設けられた、朝廷の祭祀を司る官庁名。長官は神祇伯(通常、じんぎはく・和訓、かみ(かん)づかさのかみ)。唐名から大常伯(たいじょうはく)、大常卿(たいじょうけい)、大卜令(たいぼくれい)、祠部尚書(しほうしょうしょ)とも呼ばれた。#神祇官 (律令制)を参照。明治時代初期の復古における朝廷の祭祀・民戸・宣教・諸国の官社を司る最高国家機関を指す。神祇院#神祇官 (明治時代)を参照。「神祇」とは、「神」は天津神である「天神」を、「祇」は国津神である「地祇」を表し、その名の通り祭祀を司る。古代律令制での神祇官は、朝廷の祭祀を司る官であり、諸国の官社を総轄した。現存する令集解より復元された養老令の職員令には太政官に先んじて筆頭に記載されるため、太政官よりも上位であり、相並んで独立した一官であった。諸官の最上位とされた日本独自の制度である。[ 1]四等官は、長官は神祇伯、次官は神祇副(大副・少副)、判官は神祇祐(大祐・少祐)、主典は神祇史(大史・少史)。伴部に神部(30人)および卜部(20人)、雑事を行う使部(30人)、直丁(2人)がおかれた。神部は番上官、卜部は後述のように一部が才伎長上とされ、他は番上官であった。その他、令にない(かんなぎ)という女性や戸座(へざ)という少年、御火炬(みひたき)という少女も属した[1]。相当する位階は低く、後述の神祇伯の相当位階は従四位下とされる。これは、太政官の常置の長官たる左大臣(正二位または従二位相当)よりはるかに低く、左大弁右大弁(従四位上相当)、大宰帥(従三位相当)、七省の長官たる(正四位下相当)より下である(官位相当制の項参照)。すなわち、上述のとおり職員令(しきいんりょう)では太政官の上に位置したが、文書行政では太政官よりも下位であった。

 

 

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Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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