「四国八十八カ寺」阿波国分寺(あわこくぶんじ)は、徳島県徳島市国府町矢野に位置する寺院。四国八十八箇所霊場の第十五番

 15国分寺m「四国八十八カ寺」阿波国分寺(あわこくぶんじ)は、徳島県徳島市国府町矢野に位置する寺院四国八十八箇所霊場の第十五番札所。札所寺院としては単に国分寺と呼ぶのが通例である。薬王山(やくおうさん)、金色院(こんじきいん)と号す。宗派曹洞宗本尊は薬師如来。なお、阿波国分尼寺跡についてもここで記述する。本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか・四国霊場には四県に国分寺があり、その最初の札所が「阿波國分寺」である。仏教に篤く帰依した聖武天皇(在位72449)は、天平13年に国家の安穏や五穀豊穣、政教一致、地方文化の向上などを祈って、勅命により全国68ヶ所に国分寺、国分尼寺を創建した。奈良・東大寺はその総国分寺ともいわれる。縁起によると、阿波國分寺には聖武天皇から釈迦如来の尊像と『大般若経』が納められ、本堂には光明皇后のご位牌厨子を奉祀されたと伝えられている。開基は行基菩薩で、自ら薬師如来を彫造し本尊としている。創建当初は奈良の法隆寺や薬師寺、興福寺と同じ南都の学派に属する法相宗であり、寺領は二町四方で、ここに金堂を中心に七重塔も建つ壮大な七堂伽藍が整っていた。この寺域からは塔の礎石などが発掘されており、徳島県の史跡に指定されている。弘法大師が弘仁年間(81024)に四国霊場の開創のため巡教された際に、宗派を真言宗に改めている。その後、「天正の兵火」によって灰燼に帰しており、境内は相当に衰微していた様子が寂本著『四國禮霊場記』(元禄2年=1689)からも知ることができる。寛保元年(1741)に阿波藩郡奉行、速水角五郎によって伽藍が再建されていらい、現在の禅宗・曹洞宗寺院となっている。境内の遺跡から往時の栄華がしのばれる。※歴史の学ぶ 先人の教訓と智恵。★歴史の変遷をたどれば時代を制した英雄伝説にも、栄枯盛衰の定理を教える。

スポンサーサイト

コメント

非公開コメント