史跡を巡る歴史の憧憬               川村一彦

「四国八十八カ寺」地蔵寺(じぞうじ)は徳島県板野郡板野町にある真言宗御室派の寺院。四国八十八箇所霊場の第五番札所

5地蔵寺1「四国八十八カ寺」地蔵寺(じぞうじ)は徳島県板野郡板野町にある真言宗御室派の寺院。四国八十八箇所霊場の第五番札所。無尽山(むじんざん)荘厳院(しょうごんいん)と号する。本尊は勝軍地蔵菩薩。勝軍地蔵菩薩は甲冑を身にまとい馬にまたがる姿をしており、八十八箇所中で勝軍地蔵を本尊としているのは本寺だけである。本尊真言:おん かかかびさんまえい そわ・嵯峨天皇(在位80923)の勅願により、弘仁12年弘法大師が開創された。大師は、自ら約55センチの勝軍地蔵菩薩を彫られ、本尊に安置したと伝えられる。その後、淳和天皇(在位82333)、仁明天皇(在位83350)の3代にわたり天皇家が篤く帰き依えされた。さらに紀州・熊野権現の導師を務めていた浄函上人が霊木に延命地蔵菩薩像を刻み、その胎内に大師作の勝軍地蔵菩薩を納められたとも伝えられている。この勝軍地蔵菩薩の信仰からか、源頼朝、義経をはじめ、蜂須賀家などの武将たちが多くの寄進をしている。これらの寄進により寺領は拡大し、阿波、讃岐、伊予の3ヶ国におよそ300を数える末寺ができ、塔頭も26寺にのぼったと伝えられる。しかし、天正年間(157392)の長宗我部元親による兵火で、これらの堂塔はことごとく灰燼に帰した。その後、歴代の住職や僧侶、信者たちの尽力により堂宇が整備拡充され、いまでも寺領は40,000平方メートル(12,000坪)にもおよぶ古刹である。本堂左の参道をとおり、石段をのぼったところが奥の院で、ここが羅漢堂である。安永4年(1775)の創建で、五百羅漢堂とされていた。だが、大正4年参拝者の失火で罹災、いまは200ほどの等身大羅漢像がさまざまな喜怒哀楽の表情で並んでいる。境内の大銀杏。樹齢は800年を超え、母なる大木につつまれ歴史が刻まれている。※歴史の学ぶ 先人の教訓と智恵。

 

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Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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