史跡を巡る歴史の憧憬               川村一彦

『河内史跡巡り』源三代の墓・羽曳野市壺井に通法寺の境内の左手にある源頼義の墓がある。源頼義は源頼信の長男。

 げ源義家の墓い『河内史跡巡り』源三代の墓・羽曳野市壺井に通法寺の境内の左手にある源頼義の墓がある。源頼義は源頼信の長男。988年(永延2年)の生まれ、1075年(承保2年)の没。父頼信に従って平忠常の乱を鎮圧し、早くから坂東の武士に名声を得た。後に前九年の役といわれる戦いで、陸奥の豪族安倍頼時・貞任父子を討ちこれを滅亡させた。

この功により正四位下伊予守となり、晩年剃髪し伊予入道と称された。前九年の役の勝利により東国での源氏の棟梁としての地位は確固たるものとなった。 
墓前の灯籠(奥の方)は1702年(元禄15年)再建の際、柳沢吉保が寄進したもの。通法寺跡から約200mほど東へ行くと、小高い丘の上り口に「源頼信 源義家墓」の石碑が建っており、 この丘を登っていくと。この丘の頂上付近に源義家の墓がある。
頼信の墓は更に数10m行ったところにある。源義家の墓・源頼信の墓源義家は源頼義の長男。1039年(長暦3年)当地壺井で生まれている。1106年(嘉承元年)没。
義家は「八幡太郎」と号し、前9年の役では父とともに安陪貞任を討ち、出羽守に任ぜられた。後に陸奥守兼鎮守府将軍となり、後3年の役を平定したが、私闘とみなされ、 朝廷からの恩賞には与かれなかった。義家は自分の財産を家来達に分けあたえ、東国における源氏の勢力を固めた。源頼信は源満仲の3男。968年(安和元年)生まれ、1048年(永承3年)没。
★史跡が教える先人の葛藤と情景に学ぶ教訓。

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Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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