『河内史跡巡り』教興寺は、大阪府八尾市にある真言律宗の仏教寺院。奈良市西大寺の末寺である

き教興寺9 (1) 『河内史跡巡り』教興寺は、大阪府八尾市にある真言律宗の仏教寺院。奈良市西大寺の末寺である。山号は獅子吼山。詳名は「獅子吼山大慈三昧院教興寺」。本尊は弥勒菩薩である。「河内三十三観音霊場」の第十六番霊場となっており、千手観音菩薩が安置されている。 また、かつて岩戸神社にあった弁財天像も安置されている。以前、藪がたくさん生えていたことから、地元では「藪寺」と親しまれている。寺伝によれば、聖徳太子が物部守屋の討伐を祈願するため、秦河勝に命じ崇峻天皇元年(588年)に建立したという。寺は中世には荒れ果て、鎌倉時代に、奈良・西大寺の叡尊が復興した。叡尊は河内布教の帰途の際、教興寺が荒れ果てているのを知り、文永六~七年(1269~1270年)にかけて再興した。また、叡尊は蒙古襲来の際に敵国降伏の祈祷をしばしば朝廷より命じられているが、教興寺においても祈祷している。戦国時代の永禄五年(1562年)ここに陣を敷いた河内国守護畠山高政と三好義興・松永久秀の軍勢との合戦となり、教興寺は戦火に巻き込まれ伽藍と多くの施設を焼失した。再度荒廃した教興寺は、江戸時代の貞享年間(1684~1687年)に浄巌和尚によって再興された。浄厳と親交のあった近松門左衛門がしばらく寺に寄宿していたと伝えられている。※歴史の学ぶ 先人の教訓と智恵。
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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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