『河内史跡巡り』来恩寺・当山の由来は、現在の地に江戸時代中期より来福寺として小さなお堂が有った

ら来恩寺1 (2)『河内史跡巡り』来恩寺・当山の由来は、現在の地に江戸時代中期より来福寺として小さなお堂が有った。明治三九年(1906)近くに恩覚寺と合併をし、来恩寺と称するようになった。来恩寺が融通念仏宗としての歴史は浅く100年足らずだが、来福寺(浄土宗)、恩覚寺(真言宗)の合併の名残として、本尊、観世音菩薩・脇侍に阿弥陀菩薩・弘法大師像が安置されている。元来あった観音菩薩像は移転の際の傷みがひどく、現在の本堂に安置されていない。来恩寺の街道すぐ西の自然石の「目無し地蔵は」がある。一説に恩智城の見付石と言われている。※歴史の学ぶ 先人の教訓と智恵。

 

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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