『社寺神仏豆知識』48・ニニギは、日本神話に登場する神。『古事記』では天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命、天邇岐志、国邇岐志、天日高日子、『日本書紀』

ニニギ2ニニギ3『社寺神仏豆知識』48・ニニギは、日本神話に登場する。『古事記』では天邇岐志国邇岐饒石国饒石天津彦火瓊瓊杵尊天津日高彦瓊瓊杵尊彦火瓊瓊杵火瓊瓊杵などと表記され、一般には瓊瓊杵尊瓊々杵尊邇邇芸命(ににぎのみこと)と書かれる。「アメニギシクニニギシ」(天にぎし国にぎし)は「天にも地にも親和的である」の意。「アマツヒコ」(天津日高)は神をたたえる美称であり、高天原と関わる神であることを示す。「ヒコ」(日子)は日神である天照大御神の嫡流の男子であることを示す。「ニニギ」は稲穂がにぎにぎしく成熟することの意。「ニニギ」は「ニギニギしい」の意で、「にぎやか」と同語源である。神話上ニニギの一族とされている上述の天忍穂耳尊や火照命・火闌降命・彦火火出見尊とは名前に稲穂の「ホ」がある点で共通している。天照大神の子である天忍穂耳尊と、高皇産霊尊の娘である栲幡千千姫命(萬幡豊秋津師比売命)の子。兄に天火明命(あめのほあかり)がいる。『日本書紀』の一書では天火明命の子とする。大山祇神の娘である木花之開耶(このはなのさくや)姫を妻とし、火照命(海幸彦)・火闌降命(火須勢理命)、彦火火出見尊(山幸彦)が生まれた。天照大御神の命令を受けた建御雷神天鳥船神大国主から国譲りを受けて葦原中国の統治権を確保する。 その後に天照大御神の命により、ニニギノミコトは葦原中国を統治するため高天原から地上に降りたという。これを天孫降臨と呼ぶ。『古事記』では、この降臨の地については「竺紫の日向の高千穂の久士布流多気(くしふるだけ)に天降りまさしめき」と記述している。『日本書紀』では、「日向襲之高千穗峯」あるいは「筑紫日向高千穗」と記述している。この降臨の経路の解釈ついては、日向国高千穂峰に降り吾田国(現在の鹿児島県南さつま市)の長屋の笠狭碕に到達したとする説のほか諸説ある。日向(ひむか)の歴史はかなり古く、鹿児島県大隅地方もその昔は日向と呼ばれていた。行政上、日向国が設置されたのは7世紀になる。三重県鈴鹿市の椿大神社の境内にニニギノミコトが天孫降臨の際に使用した御船が降り立ったという伝承地(御船磐座)が存在する。同神社の伝承によるとニニギノミコト一行は猿田彦命の導きによりまずこの椿大神社の鎮座する事になる地に天降った後に日向の地へと向かったとの事である。※歴史の学ぶ 先人の教訓と智恵。志天津日高日子番能邇邇芸命天邇岐志国邇岐志天日高日子、『日本書紀』では

 

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侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
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著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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