『河内史跡巡り』恩智神社は、大阪府八尾市にある神社である。式内社で、河内国二宮であると伝える。旧社格は府社。現在の主祭神は、大御食津彦命、大御食津姫命である

お恩寺神社9『河内史跡巡り』恩智神社は、大阪府八尾市にある神社である。式内社で、河内国二宮であると伝える。旧社格は府社。現在の主祭神は、大御食津彦命、大御食津姫命である。当初は天児屋根命を祀っていたが、後になって枚岡神社に遷座し、現在の祭神を祀ることになる。大御食津彦命は天児屋根命の五世代の孫、大御食津姫命は伊勢神宮外宮に祀られる豊受姫大神の別名であるとされる。大御食津彦命・大御食津姫命は第一殿に祀られ、第二殿には春日辺大明神、第三殿には天児屋根命が祀られている。雄略天皇の時代(470年頃)、藤原氏により祖神の天児屋根命を香取神宮から勧請して創建された。天児屋根命はその後、枚岡神社を経て春日大社に祀られるようになったことから、当社は「元春日」と呼ばれる。創建当初、社地は天王森と にあった。旧社地は「天王杜」と呼ばれて当社の頓宮があり、現在もムクの大木が生い茂っている。710年(和銅3年)に周防国玉祖神社から高安の玉祖神社天明玉命の分霊を勧請した際、分霊を一旦恩智神社に祀ったとされている。859年(貞観元年)正月に従二位、更に正一位に叙せられ、恩智大明神の称号を賜った。延喜式神名帳では河内国で四社のみの名神大社に列し、月次・相嘗・新嘗の幣帛に預ると記載されている。室町時代初期・建武年間に恩智の豪族、恩地左近満一が居城(恩智城)を神社の東に建てたため、神社を下に見下すことになって不敬であるとして、神社は城よりさらに高い所にある現在地に遷座された。現在の本殿は明治年間に立て替えられたものである。建築様式は王子造(流造の一種)※歴史の学ぶ 先人の教訓と智恵。

 

 

 

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

侏儒のつぶやき

Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

最新コメント
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR