「奈良古社寺探訪」橘寺・新西国10番札所“奈良県高市郡明日香村にある天台宗の寺院。正式には「仏頭山上宮皇院菩提寺」

「奈良古社寺探訪」橘寺・新西国10番札所“奈良県高市郡明日香村にある天台宗の寺院。正式には「仏頭山上宮皇院菩提寺」と称し、本尊は聖徳太子・如意輪観音。橘寺という名は、垂仁天皇の命により不老不死の果物を取りに行った田道間守が持ち帰った橘の実を植えたことに由来する。橘寺の付近には聖徳太子が誕生したとされる場所があり、寺院は聖徳太子建立七大寺の1つとされている。太子が父用明天皇の別宮を寺に改めたのが始まり...

「一ノ宮巡り」淡路国一ノ宮・伊弉諾神宮・祭神伊奘諾尊・伊奘冉尊 兵庫県淡路市多賀740・式内社・旧官幣大社

「一ノ宮巡り」淡路国一ノ宮・伊弉諾神宮・祭神伊奘諾尊・伊奘冉尊 兵庫県淡路市多賀740・式内社・旧官幣大社 『記紀』の神話によると淡路島に鎮座する伊奘諾神宮の祭神のイザナギ神とイザナミ神は日本の国の生みの親になる。 『記紀』によれば国生み、神生みを終えてイザナギ神は最初に国生みを行なった淡路島の多賀後に幽宮(くりのみや)(終焉の御住居)に鎮まった。 当社の起源になる。イザナギの終焉の地として...

『社寺神仏豆知識』36・伊勢神道(いせしんとう)とは、伊勢神宮で生まれた神道の説。外宮の神職(度会氏)

 『社寺神仏豆知識』36・伊勢神道(いせしんとう)とは、伊勢神宮で生まれた神道の説。外宮の神職(度会氏)の間で唱えられるようになった。このため、度会神道・外宮神道ともいう。鎌倉時代末期に、それまでの両部神道や山王神道などの本地垂迹説とは逆に、反本地垂迹説(神本仏迹説)が勃興するようになり、その影響で、伊勢神宮の外宮の神官である度会家行によって、伊勢神道が唱えられた。伊勢神道は、『神道五部書』(...

「史跡探訪」1仁風閣・鳥取市の仁風閣は明治40年に鳥取当主14代池田仲博伯爵が宮廷建築外一人者の片山東熊工学博士

 「史跡探訪」1仁風閣・鳥取市の仁風閣は明治40年に鳥取当主14代池田仲博伯爵が宮廷建築外一人者の片山東熊工学博士の設計によって建てられた。明治39年に着工僅か8カ月で完成、翌年の40年に大正天皇の山陰地方行啓の宿舎として使用された。その時に随行をした東郷平八郎が、この仁風閣と命名をした。※歴史の学ぶ 先人の教訓と智恵。...

『歴史の時々変遷』(全361回)64”葦屋浦の戦“ 「葦屋浦の戦い」平安時代末期の内乱、治承・寿永の乱の戦いの一つ。元暦寿永4年

『歴史の時々変遷』(全361回)64”葦屋浦の戦“ 「葦屋浦の戦い」平安時代末期の内乱、治承・寿永の乱の戦いの一つ。元暦寿永4年(1185)2月1日、源範頼率いる平氏追討軍が筑前国の葦屋浦(福岡県遠賀郡芦屋町・西浜町・白浜町・幸町一帯の湾港)で、九州の平家方の豪族原田種直らとの合戦に勝利して九州上陸を果たした戦い。前年2月の一ノ谷の戦い後、屋島に敗走した平家一門は、なお瀬戸内海一帯の制海権を握り勢力を保ってい...

『鎌倉・室町の群像伝』(全186回)177“足利成氏“ 足利成氏(1434~1497)、室町時代から戦国時代の武将。第5代鎌倉公方、

『鎌倉・室町の群像伝』(全186回)177“足利成氏“ 足利成氏(1434~1497)、室町時代から戦国時代の武将。第5代鎌倉公方、初代古河公方。父は永享の乱で敗死した第4代鎌倉公方足利持氏。鎌倉公方就任時期は文安4年(1447)とする説も有力。父持氏と同様、鎌倉公方の補佐役である関東管領及び室町幕府と対立したが、持氏と異なり、約30年間の享徳の乱を最後まで戦い抜き、関東における戦国時代の幕を開ける役割を...

「新西国観音三十三所巡り」神呪寺(かんのうじ)は兵庫県西宮市甲山山麓にある仏教寺院。山号は甲山。真言宗御室派別格本山。

 「新西国観音三十三所巡り」神呪寺(かんのうじ)は兵庫県西宮市甲山山麓にある仏教寺院。山号は甲山。真言宗御室派別格本山。甲山大師とも呼ばれ、本尊は如倫観音像。新西国観音二一番札所。地元では「お大師さん」とも呼ばれている。寺号の「神呪寺」は、「神を呪う」という意味ではなく、甲山を神の山とする信仰があり、この寺を神の寺(かんのじ)としたことによるという。 それによると、神呪寺は第53代淳和天皇の第四...

「二十二社巡り」住吉大社・大阪府大阪市住吉区住吉29の89・大和国一ノ宮・式内社・二十二社・旧官幣大社住吉大社と言えば下関の住吉大社・博多の住吉神社の「日本三大住吉』として賛否者も多く、中でも摂津の国一ノ宮住吉大社は全国二千三百社の総本社である。主祭神は海の神として住吉三神に神功皇后の息長足姫命を合わせて四柱・第一本宮・底筒男命。第二本宮・中筒男命・第三本宮・表筒男命が・第四本宮に息長足姫命が祀ら...

「二十二社巡り」住吉大社・大阪府大阪市住吉区住吉29の89・大和国一ノ宮・式内社・二十二社・旧官幣大社 住吉大社と言えば下関の住吉大社・博多の住吉神社の「日本三大住吉

「二十二社巡り」住吉大社・大阪府大阪市住吉区住吉29の89・大和国一ノ宮・式内社・二十二社・旧官幣大社 住吉大社と言えば下関の住吉大社・博多の住吉神社の「日本三大住吉』として賛否者も多く、中でも摂津の国一ノ宮住吉大社は全国二千三百社の総本社である。 主祭神は海の神として住吉三神に神功皇后の息長足姫命を合わせて四柱・第一本宮・底筒男命。第二本宮・中筒男命・第三本宮・表筒男命が・第四本宮に息長足姫...

『社寺神仏豆知識』35・吉田神道(よしだしんどう)とは、室町時代京都吉田神社の神官吉田兼倶によって大成された神道

『社寺神仏豆知識』35・吉田神道(よしだしんどう)とは、室町時代京都吉田神社の神官吉田兼倶によって大成された神道の一流派。唯一神道、卜部神道、宗源神道とも。吉田神道は、室町時代、京都の神道家・吉田兼倶に始まる吉田家が唱えた神道の一流派であるが、実際は吉田兼倶がほとんど一人で集成したと見られている。元本宗源神道、唯一宗源神道などを自称している。本地垂迹説である両部神道や山王神道に対し、反本地垂迹説(...