『社寺神仏豆知識』14・(仏教十三宗五十六派)律宗(りっしゅう)は、戒律の研究と実践を行う仏教の一宗派である。

『社寺神仏豆知識』14・(仏教十三宗五十六派)律宗(りっしゅう)は、戒律の研究と実践を行う仏教の一宗派である。中国では、日本と異なり、正式な僧となるには戒律を修めなければならなかったため、古くから研究が行われた。東晋代に、『十誦律』『四分律』『摩訶僧祇律』などの戒律が漢訳されると、戒律の研究が本格化した。北魏では、法聡が四分律宗を開宗した。その後、地論宗に属する慧光(468年 - 537年)が律...

『歴史歳時記豆知識』21・国司(こくし、くにのつかさ)とは?、古代から中世の日本で、地方行政単位である国の行政官として中央から派遣された官吏で

『歴史歳時記豆知識』21・国司(こくし、くにのつかさ)とは?、古代から中世の日本で、地方行政単位である国の行政官として中央から派遣された官吏で、四等官である守(かみ)、介(すけ)、掾(じょう)、目(さかん)等を指す(詳細は古代日本の地方官制も併せて参照のこと)。守の唐名は刺史、太守など。郡の官吏(郡司)は在地の有力者、いわゆる旧豪族からの任命だったので、中央からの支配のかなめは国司にあった。任期は...

『浪速史跡めぐり』浪花三大橋・天満橋、天神橋、難波橋で浪速大阪の賑わいと重要な橋だった。

『浪速史跡めぐり』浪花三大橋・天満橋、天神橋、難波橋で浪速大阪の賑わいと重要な橋だった。天満橋の東側には東町奉行所が置かれていた。江戸時代には東の天満橋の辺りまで中州「天満砂洲」があって中之島の砂洲が東に延びて天満砂洲が消えていった経緯が時代の絵図で分かる。天満橋は天満と船場を結ぶ橋、天神橋、難波橋と歴史は古く、木造の橋は幾度も流された。明治八年の明治大洪水の後鉄筋に架け替えられた。天神橋は豊臣時代...

『鎌倉・室町の群像伝』(全186回)149“日野富子” 日野富子(1440~1496)室町幕府第8代将軍足利義政の正妻(御台所)。

『鎌倉・室町の群像伝』(全186回)149“日野富子”日野富子(1440~1496)室町幕府第8代将軍足利義政の正妻(御台所)。応仁・文明の乱後の幕府行政を行い、辣腕を振るった。利益優先の果断な政策で知られる。日野重政の女。康生元年(1455)叔母の日野重子の子である義正に16歳で嫁いだ。義政は20歳である。義政が将軍後継者として弟の義視を指名してのち、義尚を産んだので、それを将軍にしたさに富子が画策...

『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記) 44・「大山守の反逆」

『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記)44・「大山守の反逆」大山守(おおやまもり)命(みこと)と大雀(おおさざきの)命(みこと)応神天皇は大山守命と大雀命(仁徳天皇)に問われて「お前たちは年長の子と年少の子ではどちらが愛おしいか」仰せられた。天皇がこのような質問をされるには、二人の御子がどう思っているのか、気持ちを探っておられること、内心宇遅能和紀郎子に後を継がせたい気持ちがあった。 それに答え...

「神仏霊場巡り」広隆寺・京都市右京区太秦にある寺。宗派は真言宗系単立。

「神仏霊場巡り」広隆寺・京都市右京区太秦にある寺。宗派は真言宗系単立。山号を蜂岡山と称する。蜂岡寺、秦公寺、太秦寺などの別称があり、地名を冠して太秦広隆寺とも呼ばれる。帰化人系の氏族である秦氏の氏寺であり、平安京遷都以前から存在した、京都最古の寺院である。国宝の弥勒菩薩半跏像を蔵することで知られ、聖徳太子信仰の寺でもある。毎年10月12日に行われる牛祭は、京都三大奇祭として知られるが、近年は不定期開催...

「一ノ宮巡り」伊賀国一ノ宮敢国神社・祭神大彦命(大毘古命)・配神少彦名命・金山比咩命

「一ノ宮巡り」伊賀国一ノ宮敢国神社・祭神大彦命(大毘古命)・配神少彦名命・金山比咩命三重県伊賀市一ノ宮877・式内社・旧国弊中社・大彦命は孝元天皇の皇子で『日本書紀』では四将軍の一人で北陸を平定後この地に移り、伊賀国の開拓を行なったと言う。大彦命(『古事記』では大毘古命)の御陵とされる御墓山古墳が有って、その子孫は伊賀中に広がったと言う。阿拝群(あへのこおり)を本拠にしたために「阿拝氏」を称した。後...

『歴史歳時記豆知識』19・遣唐使(けんとうし)とは、日本が唐に派遣した使節である。日本側の史料では唐の皇帝と対等に交易・外交をしていたとされるが、『旧唐書』や『新唐書』の記述に

『歴史歳時記豆知識』19・遣唐使(けんとうし)とは、日本が唐に派遣した使節である。日本側の史料では唐の皇帝と対等に交易・外交をしていたとされるが、『旧唐書』や『新唐書』の記述においては、「倭国が唐に派遣した朝貢使」とされる。中国では619年に隋が滅び唐が建ったので、それまで派遣していた遣隋使に替えてこの名称となった。寛平6年(894年)に菅原道真の建議により停止された。現在では中国側において派遣された遣...

『社寺神仏豆知識』13・スサノオ(スサノヲ、スサノオノミコト)は、日本神話に登場する神である。『日本書紀』では素戔男尊、素戔嗚尊等、『古事記』では建速須佐之男命

『社寺神仏豆知識』13・スサノオ(スサノヲ、スサノオノミコト)は、日本神話に登場する神である。『日本書紀』では素戔男尊、素戔嗚尊等、『古事記』では建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと、たてはやすさのおのみこと)、須佐乃袁尊、『出雲国風土記』では神須佐能袁命(かむすさのおのみこと)、須佐能乎命などと表記する。『古事記』の記述によれば、神産みにおいて伊弉諾尊(伊邪那岐命・いざなぎ)が黄泉の国から帰...

『浪速史跡めぐり』長寶寺(閻魔さんのゆかりの寺)・JR大和路線は平野下車南へ国道を渡ると平野郷がある。昔ながらの町並に細い道に寺院、神社が点在する。長生院 長寶寺

『浪速史跡めぐり』長寶寺(閻魔さんのゆかりの寺)・JR大和路線は平野下車南へ国道を渡ると平野郷がある。昔ながらの町並に細い道に寺院、神社が点在する。長生院 長寶寺がある。本尊は坂上田村麻呂の守護仏伝えられる。この辺りは坂上田村麻呂の子の広野の領地で、平野の地名も広野から来たと言われ、坂上田村麿に関わりの深い寺である。そう広くは無いが境内には、その由緒は窺える堂塔ばかりで、今も下町の人々の信仰が生づい...