『浪速史跡めぐり』天下茶屋・南海高野線は岸里玉出駅より直ぐ東に「天下茶屋」がある

『浪速史跡めぐり』天下茶屋・南海高野線は岸里玉出駅より直ぐ東に「天下茶屋」がある。こんもりとした太閤秀吉の祠を包むように楠の大木に石碑と由来の看板がある。説明によれば400年前の昔、大坂城から住吉大社参拝の時に、途中立ち寄って茶の湯を楽しんだことで有名、天下茶屋跡の一角である。戦時中空襲に合い広大な屋敷は焼失した、秀吉縁の「恵水」と名付けられた井戸や茶室、紀州藩を始めが参勤交代には諸大名が泊まったと...

『歴史の時々変遷』10”近江遷都“ 近江遷都・近江宮は、飛鳥時代に天智天皇が近江国滋賀郡に営んだ都。

『歴史の時々変遷』10”近江遷都“ 近江遷都・近江宮は、飛鳥時代に天智天皇が近江国滋賀郡に営んだ都。天智天皇6年(667)飛鳥から近江に遷都した天皇はこの宮で正式に即位し、近江令や庚午年籍など律令制の基礎となる施策を実行。天皇崩後に朝廷の首班となった大友皇子(弘文天皇)は天武天皇元年(672年)の壬申の乱で大海人皇子に敗れたため、5年余りで廃都となった。史料には、近江大津宮、大津宮、志賀の都とも呼称さ...

『鎌倉・室町の群像伝』八十八“島津定久” 島津貞久(1269~1363)鎌倉・南北朝時代の武将。島津氏

『鎌倉・室町の群像伝』八十八“島津定久” 島津貞久(1269~1363)鎌倉・南北朝時代の武将。島津氏。父は島津忠宗、母は三池道智の娘。文保二年(1318年)父より薩摩守護職を継承、1325年薩摩郡から薩摩半島の頴娃、喜入を経て鹿児島までの「国廻狩り」を行い、在地の掌握に努めた。1333年少弐・大友氏と共に鎮西探題北条英時を討ち日向・大隅守護職を得る。1335年以降足利尊氏方として入京し、また...

「神仏霊場巡り」随心院・京都市山科区小野にある真言宗善通寺派大本山の仏教寺院。小野流の開祖として知られる仁海

「神仏霊場巡り」随心院・京都市山科区小野にある真言宗善通寺派大本山の仏教寺院。小野流の開祖として知られる仁海(にんがい)の開基。本尊は如意輪観音。寺紋は九条藤。当寺の位置する小野地区は、小野氏の根拠地とされ、随心院は小野小町ゆかりの寺としても知られる。随心院は、仁海(954 - 1046)が創建した牛皮山曼荼羅寺(ぎゅうひさんまんだらじ)の塔頭であった。仁海(954 - 1046)は真言宗小野流の祖である。神泉苑にて...

「一ノ宮巡り」淡路国一ノ宮・伊弉諾神宮・祭神伊奘諾尊・伊奘冉尊 兵庫県淡路市多賀740・式内社・旧官幣大社

    「一ノ宮巡り」淡路国一ノ宮・伊弉諾神宮・祭神伊奘諾尊・伊奘冉尊 兵庫県淡路市多賀740・式内社・旧官幣大社 『記紀』の神話によると淡路島に鎮座する伊奘諾神宮の祭神のイザナギ神とイザナミ神は日本の国の生みの親になる。 『記紀』によれば国生み、神生みを終えてイザナギ神は最初に国生みを行なった淡路島の多賀後に幽宮(くりのみや)(終焉の御住居)に鎮まった。 当社の起源になる。...

『浪速史跡めぐり』天神の森・天下茶屋跡から東に行くと天神ノ森「天満宮」がる。祭神は「菅原道真公

 『浪速史跡めぐり』天神の森・天下茶屋跡から東に行くと天神ノ森「天満宮」がる。祭神は「菅原道真公」末社に天照大神、猿田彦命、稲荷大明神、祠には白雪龍神、白髭竜王、白龍大明神が境内に祀られている。菅原道真公は筑紫へ流された時に、途中住吉明神に参拝中、この地にて休まれたと言う。また茶人の千利休の師武野紹鴎が茶室を構えた所で「紹鴎の森」とも呼ばれ、大きな石碑も建っている。豊臣秀吉も淀殿の解任の折りに...

『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記) 12・「黄泉の国の光景」 イザナギはイザナミを取り戻そうと黄泉国へ赴いた

。黄泉に着いたイザナギは、戸越しにイザナミに「あなたと一緒に創った国土はまだ完成していません。帰りましょう」と言ったが、イザナミは「黄泉の国の食べ物を食べてしまったので、生き返ることはできません」と答えた(注:黄泉の国のものを食べると、黄泉の住人になるとされていた。これを「黄泉竈食ひ(よもつへぐい)」という)。さらに、イザナミは「黄泉神と相談しましょう。お願いですから、私の姿は見ないで下さいね。」...

『鎌倉・室町の群像伝』八十六“吉田定房” 吉田定房(1274~1338)鎌倉後期から南北朝の公卿。峨醍醐天皇の乳父。

『鎌倉・室町の群像伝』八十六“吉田定房” 吉田定房(1274~1338)鎌倉後期から南北朝の公卿。峨醍醐天皇の乳父。父は大納言吉田経長、母は権中納言葉室定嗣の娘。大覚寺統に仕え、後宇多上皇の信任を得。乾元元年(1302)29歳で参議になる。従三位、権中納言を経て1307年三位に叙された。翌年持明院統から花園天皇が即位すると辞官。1318年後醍醐天皇が即位して再び後宇多上皇の院政が始まると復帰し、院...

「神仏霊場巡り」金峯山寺・奈良県吉野郡吉野町にある金峰山修験本宗(修験道)の本山である。本尊は蔵王権現、開基は役小角

「神仏霊場巡り」金峯山寺・奈良県吉野郡吉野町にある金峰山修験本宗(修験道)の本山である。本尊は蔵王権現、開基は役小角と伝える。金峯山寺の所在する吉野山は、古来桜の名所として知られ、南北朝時代には南朝の中心地でもあった。「金峯山」とは、単独の峰の呼称ではなく、吉野山と、その南方二十数キロの大峯山系に位置する山上ヶ岳を含む山岳霊場を包括した名称であった。吉野・大峯は古代から山岳信仰の聖地であり、平安時...

「一ノ宮巡り」紀伊国一ノ宮・日前神宮・国懸神宮・祭神日前大神・国懸大神 和歌山県和歌山市秋月365・式内社・旧官幣大社

「一ノ宮巡り」紀伊国一ノ宮・日前神宮・国懸神宮・祭神日前大神・国懸大神 和歌山県和歌山市秋月365・式内社・旧官幣大社 神社の近くで場所を聞くと「にちぜんさん」と教えてくれた。 紀伊国一ノ宮は二社で左に日前神社、右に国懸神社になっている。 日前神宮の祭神は日前大神、日像鏡を神体とする。相殿には思兼神・石凝(いしころ)姥(とめの)命(みこと)、右の国懸神社は主祭神国懸大神、相殿日矛鏡を御神体とし玉...