『鎌倉・室町の群像伝』二十四“西行” 西行(1118~1190)平安末期から鎌倉初期の歌人。父は藤原氏北家藤成流、左衛門尉佐藤康清。

『鎌倉・室町の群像伝』二十四“西行”西行(1118~1190)平安末期から鎌倉初期の歌人。父は藤原氏北家藤成流、左衛門尉佐藤康清。母は監物源清経の娘。俗名佐藤義清。鳥羽院の北面武士を務めていたが、保延六年(1140)23歳で出家。法名円位。出家後しばらくは東山や嵯峨辺りに留まっていたが、初度陸奥への旅を終えたのち高野山に居を構えた。約20年の高野山修業時代には中国・四国地方に赴いている。高野山から伊...

『河内史跡巡り』顕証寺・大阪府八尾市久宝寺にある浄土真宗本願寺派の寺院。山号は近松山。久宝寺御坊ともいう。

『河内史跡巡り』顕証寺・大阪府八尾市久宝寺にある浄土真宗本願寺派の寺院。山号は近松山。久宝寺御坊ともいう。 かつて、周囲に寺内町を形成し、現在もその町並みをとどめている。伝承によれば、久宝寺の地名は、飛鳥時代に聖徳太子が「久宝寺」を当地に創建したことに由来する。顕証寺西側の許麻神社(こまじんじゃ)境内には太子創建を伝える久宝寺観音院があったが、明治の神仏分離で廃絶した。文明元年(1469年)、本願寺八...

『戦後日本の あの日あの時』161「なべ底景気から岩戸景気へ」 ●昭和33年(1956)「なべ底景気から岩戸景気に」昭和32年(1957)から翌年にかけて起きたデフレーション現象。

『戦後日本の あの日あの時』161「なべ底景気から岩戸景気へ」●昭和33年(1956)「なべ底景気から岩戸景気に」昭和32年(1957)から翌年にかけて起きたデフレーション現象。「なべ底景気」「鍋底景気」とも呼ばれている。昭和29年から3年間続いた神武景気は国際収支の悪化によって急速に冷え込んだ。政府、日銀が国際収支改善の為に強力な金融引き締め策を取ったため、産業界は減益、減収、資金不足に陥り、操...

「西国四十九薬師巡り」禅林寺・高野山真言宗 通称・幡川のお薬師さん・和歌山県海南市幡川・幡川のお薬師さんと呼ばれ、

「西国四十九薬師巡り」禅林寺・高野山真言宗 通称・幡川のお薬師さん・和歌山県海南市幡川・幡川のお薬師さんと呼ばれ、広く人々に親まれている。二百五十年以上前の天平時代、唐にあった青龍寺の僧「い為こう光上人」が、聖武天皇よりこの地をいただき、同天皇の勅願所として建立されたのが始まりである。中世の頃には「はた幡がわ川でら寺」とも呼ばれ、谷あいに七堂伽藍をはじめ、僧坊十二院・御社三社・承仕坊三院が立ち並ぶ...

「神仏霊場巡り」八坂神社・京都府京都市東山区祇園町にある神社。二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣大社。主祭神・中御座:素戔嗚尊・東御座:櫛稲田姫命 - 素戔嗚尊の妻

「神仏霊場巡り」八坂神社・京都府京都市東山区祇園町にある神社。二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣大社。主祭神・中御座:素戔嗚尊・東御座:櫛稲田姫命 - 素戔嗚尊の妻・西御座:八柱御子神- 素戔嗚尊の八人の子供(八島篠見神、五十猛神、大屋比売神、抓津比売神、大年神、宇迦之御魂神、大屋毘古神、須勢理毘売命)の総称・全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする約二千三百社の総本社である。通称として祇園さんと...

「遺跡探訪」一乗谷朝倉氏遺跡は、福井県福井市城戸ノ内町にあった戦国時代の遺跡(日本の城)である。戦国時代に一乗谷城を中心に越前国を支配した戦国大名朝倉氏の遺跡。

「遺跡探訪」一乗谷朝倉氏遺跡は、福井県福井市城戸ノ内町にあった戦国時代の遺跡(日本の城)である。戦国時代に一乗谷城を中心に越前国を支配した戦国大名朝倉氏の遺跡。一乗谷城(山城)と山麓の城下町(朝倉氏および家臣の居館)からなる。遺跡全体が国の特別史跡で、そのうち4つの日本庭園は一乗谷朝倉氏庭園の名称で国の特別名勝の指定を受けている。福井市街の東南約10キロメートル、九頭竜川水系足羽川支流である一乗谷川...

『鎌倉・室町の群像』二十三“源実朝” 源実朝(1192~1203)鎌倉幕府の三代将軍。建仁三年(1203)から六年在職。源頼朝の次男。母は北条政子、。

『鎌倉・室町の群像』二十三“源実朝”源実朝(1192~1203)鎌倉幕府の三代将軍。建仁三年(1203)から六年在職。源頼朝の次男。母は北条政子、。幼名を千幡。建仁三年(1203)北条政時は征夷大将軍源頼家を廃止、弟の千幡を鎌倉殿に立てて自らは執権を執った。後鳥羽上皇は千幡を実朝と命名。征夷大将軍に任じた。公武の融和を図るために上皇は元久元年(1204)近臣坊門信清の娘を鎌倉に下し実朝の妻とした。当...

『戦後日本の あの日あの時』160「北朝鮮帰国」 ●昭和34年(1959)8月13日、日本、北朝鮮赤十字代表

『戦後日本の あの日あの時』160「北朝鮮帰国」●昭和34年(1959)8月13日、日本、北朝鮮赤十字代表、在日朝鮮人の北朝鮮帰国に関する協定を調印。12月14日、帰国1船、新潟を出港。国交のなかった日本と北朝鮮とは北朝鮮への帰国希望者の窓口は日本赤十字社と朝鮮赤十字社によって実務が行われた。1959年12月14日に最初の帰国船が新潟県新潟港から出港し、数度の中断を含みながら行われた。1984年ま...

「奈良古社寺巡り」聖林寺・奈良県桜井市にある真言宗室生寺派の寺院である。

「奈良古社寺巡り」聖林寺・奈良県桜井市にある真言宗室生寺派の寺院である。山号は霊園山、本尊は地蔵菩薩、開基は定慧とされる。国宝の十一面観音立像を所蔵することで知られる。聖林寺は桜井市街地の南方、北方に奈良盆地を見下ろす小高い位置にある。伝承では和銅五年(712年)に多武峰妙楽寺(現在の談山神社)の別院として藤原鎌足の長子・定慧(じょうえ)が創建したという。妙楽寺の後身である談山神社は当寺のはるか南方...

>「奈良古社寺巡り」手向山八幡宮・祭神応神天皇・比売大神・仲哀天皇・神功皇后で宇佐八幡宮と同じである。奈良市は東大寺の大仏殿の道を東の手向山麓

「奈良古社寺巡り」手向山八幡宮・祭神応神天皇・比売大神・仲哀天皇・神功皇后で宇佐八幡宮と同じである。奈良市は東大寺の大仏殿の道を東の手向山麓に位置し、手向山神社ともいう。天平勝宝元年(749)東大寺造立に当たって宇佐八幡宮より東大寺の守護神として勧請された。八幡宮分社では第一号である。当初は平城京の南の梨原宮に鎮座し、後に東大寺大仏殿の南方に鏡池付近に遷座したが、治承4年(1180)の平重衡の南都...