『河内史跡巡り』大聖勝軍寺・大阪府八尾市の旧奈良街道に面して建つ高野山真言宗の仏教寺院。山号は神妙椋樹山。開基は聖徳太子、本尊は植髪太子(聖徳太子)である。

『河内史跡巡り』大聖勝軍寺・大阪府八尾市の旧奈良街道に面して建つ高野山真言宗の仏教寺院。山号は神妙椋樹山。開基は聖徳太子、本尊は植髪太子(聖徳太子)である。 聖徳太子建立三太子の一つで、叡福寺の「上の太子」、野中寺の「中の太子」に対して、「下の太子」と呼ばれている。地元では単に「太子堂」と呼ばれている。由来については用明天皇の御代に排仏派と崇仏派が戦った古戦場であった。大聖勝軍寺は戦勝記念の寺であ...

『戦後日本の あの日あの時』159「日米安保条約改定阻止国民会議」 ●昭和34年(1959)3月28日、日米安保条約改定阻止国民会議が社会党、原水協、総評などで結成。

『戦後日本の あの日あの時』159「日米安保条約改定阻止国民会議」●昭和34年(1959)3月28日、日米安保条約改定阻止国民会議が社会党、原水協、総評などで結成。これらの諸要因は,岸内閣の安保条約改定交渉の開始を契機にいわゆる安保闘争が発展する基礎をなした。1959年3月,総評,社会党をはじめ諸社会団体によって日米安保条約改定阻止国民会議が結成され,4月15日の第1次統一行動を皮切りに60年10月の第23次統一...

「京都古社寺探訪」南禅寺・京都市左京区南禅寺福地町にある、臨済宗南禅寺派大本山の寺院である。山号は瑞龍山、寺号は詳しくは太平興国南禅禅寺である。

「京都古社寺探訪」南禅寺・京都市左京区南禅寺福地町にある、臨済宗南禅寺派大本山の寺院である。山号は瑞龍山、寺号は詳しくは太平興国南禅禅寺である。本尊は釈迦如来、開基は亀山法皇、開山は無関普門(大明国師)。日本最初の勅願禅寺であり、京都五山および鎌倉五山の上におかれる別格扱いの寺院で、日本の全ての禅寺のなかで最も高い格式をもつ。南禅寺の建立以前、この地には、後嵯峨天皇が文永元年(1264年)に造営した離...

「京都古社寺探訪」由岐神社・京都市左京区鞍馬本町にある神社である。鞍馬寺の鎮守社である。通称靫明神・祭神は大己貴命と少彦名命を主祭神として「由岐大明神」

「京都古社寺探訪」由岐神社・京都市左京区鞍馬本町にある神社である。鞍馬寺の鎮守社である。通称靫明神・祭神は大己貴命と少彦名命を主祭神として「由岐大明神」と総称し、八所大明神を相殿に祀る。祭神は元は宮中に祀られていたが、都で大地震・天慶の乱が起き、当時の天皇である朱雀天皇の勅により、天慶三年(940年)、鞍馬の地に遷宮をし、北方鎮護を仰せつかった。例祭の鞍馬の火祭は、そのときに里人がかがり火を持って神...

『河内史跡巡り』長栄寺・近鉄永和駅下車北すぐの長栄寺の寺伝によると、聖徳太子が自ら本尊の十一面観世音菩薩を刻み安置、

『河内史跡巡り』長栄寺・近鉄永和駅下車北すぐの長栄寺の寺伝によると、聖徳太子が自ら本尊の十一面観世音菩薩を刻み安置、百済系渡来僧の入法をもって開山・創建とし、山号は百済山と称する。本堂(吉祥伝)は慈雲尊者が38歳の時に造営。本尊の十一面観音は平安時代後期の作品で府文化財に指定されている(秘仏)。  その後、中世の幾度もの戦火で荒廃したが、江戸中期の1744年(延享元年)正法律(真言律)中興の高僧慈...

「鎌倉・室町の群像伝』二十一曾我兄弟 曾我兄弟・曾我祐成(1172~1193)曾我時致(1174~1193)鎌倉初期の武士。伊豆国の武士河津裕通・祐泰の子。

「鎌倉・室町の群像伝』二十一曾我兄弟曾我兄弟・曾我祐成(1172~1193)曾我時致(1174~1193)鎌倉初期の武士。伊豆国の武士河津裕通・祐泰の子。祖父伊東祐親と工藤祐経と所領争いで、安元二年(1176)父を祐経に暗殺された。母がその後、相模国に武士曾我祐信に再婚したために、曾我の里で育った。兄の十郎祐成1190年に元服、弟の五郎時致は1190年に北条時政の烏帽子親として元服。1193年5月...

『戦後日本の あの日あの時』158「昭和33年娯楽・世情」 ◎1月、富士重工設計・製作の国産初のジェット。 ◎2月、若乃花、横綱に昇進/日劇この頃ロカビリー大流行。◎初のバレンタイン用のチョコを発売。 ◎3月、神宮外苑に国立競技場落成。 ◎4月、ニッポン放送。 ◎5月、テレビ受信機契約数100万台突破。 ◎7月、大相撲、6場所制に

『戦後日本の あの日あの時』158「昭和33年娯楽・世情」◎1月、富士重工設計・製作の国産初のジェット練習機T1が初飛行。◎2月、若乃花、横綱に昇進(栃若時代)◎日劇でウエスタン・カーニバル。この頃ロカビリー大流行。◎メリーチョコレート、初のバレンタイン用のチョコを発売。◎3月、神宮外苑に国立競技場落成。◎4月、ニッポン放送。交通ニュース放送開始。◎5月、テレビ受信機契約数100万台突破。◎7月、大相撲、...

「近畿三十六不動巡り」大龍寺は、兵庫県神戸市中央区神戸港地方再度山にある仏教寺院。山号は再度山。東寺真言宗別格本山。通称、中風除けの寺。寺伝によれば、神護景雲二年(768年)、和気清麻呂によって再度山

「近畿三十六不動巡り」大龍寺は、兵庫県神戸市中央区神戸港地方再度山にある仏教寺院。山号は再度山。東寺真言宗別格本山。通称、中風除けの寺。寺伝によれば、神護景雲二年(768年)、和気清麻呂によって再度山(摩尼山)山頂近くの南斜面に開かれたとされる。山号は空海が大輪田泊から唐に渡る直前と帰国直後の2度、当寺に参詣したことに由来するという。奥の院には空海作と伝わる「亀の岩」があり、空海が登山した道は大師道と...

「神仏霊場巡り」長田神社・兵庫県神戸市長田区長田町に位置する神社。旧社格は官幣中社。廣田神社、生田神社とともに神功皇后以来の歴史を持つ名社とされる。

「神仏霊場巡り」長田神社・兵庫県神戸市長田区長田町に位置する神社。旧社格は官幣中社。廣田神社、生田神社とともに神功皇后以来の歴史を持つ名社とされる。生田神社、湊川神社と共に神戸を代表する神社の一つ。主祭神は事代主神。本殿瑞垣内に天照大御神、応神天皇を祀る。『日本書紀』によると、神功皇后摂政元年)2月、神宮皇后が三韓征服後、新羅より帰還中、難波に帰還する途中、武庫の水門で船が進まなくなったので卜った...

『河内史跡巡り』元善光寺・当山は不断山善光寺として一光三尊の阿弥陀如来を本尊としている。元善光寺とも呼ばれている。

『河内史跡巡り』元善光寺・当山は不断山善光寺として一光三尊の阿弥陀如来を本尊としている。元善光寺とも呼ばれている。本田善光が難波の堀江で阿弥陀如来を会得し信濃に帰る途中ここに一泊し、その分身を祀り、庵を建て、翌年再び訪れて当山を建立したという。全国元・新善光寺の中で唯一融通念仏宗である。本田善光については欽明天皇の御代に百済より仏教とともに、一光三尊阿弥陀如来が伝わった。仏教を導入に崇仏派の蘇我氏...