『歴史の時々変遷』(全361回)42“平忠常の乱” 「平忠常の乱」平安時代に房総三カ国で1028年に起きた反乱。

『歴史の時々変遷』(全361回)42“平忠常の乱”「平忠常の乱」平安時代に房総三カ国で1028年に起きた反乱。平安時代の関東地方では平将門の乱以来の大規模な反乱であった。平将門の叔父平良文の子孫に当たる平忠常が乱を起こし、朝廷は討伐軍を派遣するが3年にわたって鎮圧できなかった。有力武士の源頼信が起用されるに及び忠常は降伏した。この乱により房総三カ国は大いに荒廃した。長元の乱ともいう。平良文は下総国相馬郡を本...

『歴史の時々変遷』16”隼人の反乱“ 「隼人の反乱」養老4年(720)九州南部に住む隼人がヤマト王権

『歴史の時々変遷』16”隼人の反乱“ 「隼人の反乱」養老4年(720)九州南部に住む隼人がヤマト王権に対して起こした反乱である。1年半近くに及ぶ戦いは隼人側の敗北で終結し、ヤマト王権の九州南部における支配が確立した。7世紀後半の九州南部はヤマト王権(朝廷)の勢力が及んでいたものの支配体制は完全ではなく、熊襲あるいは隼人と呼ばれる住民が多くの集団に分かれて割拠する状況であった。朝廷は自らの勢力範囲に広...

『歴史の時々変遷』15”平城京遷都“ 「平城京遷都」奈良時代の日本の首都

。いわゆる「奈良の都」である。唐の都「長安」や北魏洛陽城などを模倣して建造されたとされ、現在の奈良県奈良市及び大和郡山市近辺に位置していた。和銅元年(708)元明天皇は遷都の詔を出し、「四禽図に叶い、三山鎮を作す」と言って奈良盆地の北端辺り、造営された。藤原京から平城京への遷都は文武天皇在世中の707年に審議が始まり、708年には元明天皇により遷都の詔が出された。しかし、710年に遷都された時には、内裏と...

『歴史の時々変遷』14”和同開珎“ 「和同開珎」和銅元年(708)日本で鋳造・発行された銭貨である。日本で最初の流通貨幣と言われる。皇朝十二銭の1番目にあたる

『歴史の時々変遷』14”和同開珎“ 「和同開珎」和銅元年(708)日本で鋳造・発行された銭貨である。日本で最初の流通貨幣と言われる。皇朝十二銭の1番目にあたる。直径24mm前後の円形で、中央には一辺が約7mmの正方形の穴が開いている円形方孔の形式である。表面には、時計回りに和同開珎と表記されている。裏は無紋である。形式は、621年に発行された唐の開元通宝を模したもので、書体も同じである。律令政府が定めた...

『歴史の時々変遷』4”崇峻天皇の暗殺の謎“ 崇峻天皇の暗殺の謎・587年用明天皇の死後、

『歴史の時々変遷』4”崇峻天皇の暗殺の謎“崇峻天皇の暗殺の謎・587年用明天皇の死後、故敏達天皇の皇后の豊御食炊屋姫と大臣蘇我馬子の推挙で、崇峻天皇の誕生となった。豊御食炊屋姫と馬子の協調は、炊屋姫が馬子の父である稲目の娘の堅塩姫を母としている。592年10月、猪が献上された際に、崇峻天皇が「いつになったらこの猪の首を斬るように、いやな男の首を斬ることが出来るだろうか」と言い、兵を増やし、また大伴の...